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「道徳」先人の言葉Uー2(続 の 続 )  教育勅語など

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田中角栄(元首相)の「五つの大切、十の反省〈昭和49年5月) 五つの大切 @人間を大切にしよう。A自然を大切にしょう。B時間を大切にしよう。Cモノを大切にしよう。D国、社会を大切にしよう。
十の反省 @友達と仲良くしただろうか。Aお年よりに親切だったろうか。B弱いものいじめをしなかったろうか。C生き物や草花を大事にしただろうか。D約束は守っただろうか。E交通ルールは守っただろうか。F親や先生など、ひとの意見をよく聞いただろうか。G食べ物に好き嫌いを言わなかっただろうか。Hひとに迷惑をかけなかっただろうか。I正しいことに勇気をもって行動しただろうか。
その後の金脈問題やロッキード事件で、やがて忘れられた。以後、政治家から道徳教育の指針が明確な形で提起されることがない。<読売新聞 平成10年1月1日特集13版より引用)


天野貞祐・元文相の国民実践要領 第1章 個人 @人格の尊厳、A自由、B責任、C愛、D良心、E正義、F勇気、G忍耐、H節度、I純潔、J廉恥、K謙虚、L思慮、M自制、N知恵、O敬虔、
第2章 家 @和合 家庭は自然に根ざした生命関係であるとともに、人格と人格とが結びついた人倫関係である。それゆえ、其の縦の軸をなす親子の間柄においても、自然の愛情と人格的な尊敬がともに含まれている。
A夫婦 夫と妻たるものは互いに愛によって一体となり、貞節によってその愛を守り、尊敬によってその愛を高め、かくして互いに生涯の良き伴侶でありたい。---
B親子 われわれは親として慈愛をもって子に対し、立派な人格となるように育成しなければならない。また子としては敬愛を持って親に対し効用をつくさなければならない。---
C兄弟姉妹 兄弟姉妹は相睦美、夫々」個性ある人間になるように助け合わねばならない。---
Dしつけ 家庭は身近な人間教育の場である。---糧にしつけは健全な社会生活の基礎である。
E家と家 家庭は自家の利害のみを事とせず、社会への奉仕に励むべきである。家と家とのなごやかな交わりは社会の美しいつながりである。
第4章 国家@国家 われわれは国家のゆるぎなき存続を保ち、その犯すべからざる独立を護り、その清き繁栄と高き文化の確立に寄与しなければならない。---
A国家と個人 国家生活は個人が国家のためにつくすところに成り立つ。ゆえに国家は個人の人格や幸福を軽んずべきでなく、個人は国家を愛する心を失ってはならない。---
B伝統と創造 ---国民の精神的結合が強固なものであるためには、われわれは国の歴史と文化の伝統の上に、しっかりと立脚しなければならない。また国民の生命力が創造的であるためには、われわれは広く世界に向かって目を開き、常に他の長所を取り入れねばならない。
C国家の文化 国家はその固有なる民族文化の発展を通じて、独自の価値と個性を発揮しなければならない。その個性は排他的な狭いものであってはならず、その民族文化は世界文化の一環たるにふさわしいものでなければならない。
D国家の道義 国家の活動は、古今に通じ東西にわたって行われる人類普遍の道義に基づかなければならない。それによって国家は、うちには自らの尊厳を保ち外には国際信義を全くする。
E愛国心 国家の盛衰興亡は国民における愛国心の有無にかかる。---
F国家の政治 国家は一部特定の党派、身分、階級の利益のための手段とみなされたはならない。われわれは常に国家が国民全体のための国家であることを忘れるべきではない。
G天皇 われわれは独自の国柄として天皇をいただき、天皇は国民的統合の象徴である。それゆえわれわれは天皇を親愛し、国柄を尊ばねばならない。---
H人類の平和と文化 われわれは世界の人類の平和と文化とに貢献することをもって国家の使命としなければならない。〈昭和26年11月)
(注)吉田内閣の天野文相は教育勅語や終身科の廃止に伴う道徳教育の空白を埋めるため、講和条約調印(昭和26年9月)を機に、この要領を示そうとした。当時の言論界教育界などから猛反発に遭い、提示を断念。(読売新聞1998.1.1「道徳」先人たちが残した言葉より引用)

第4章 国家@国家 われわれは国家のゆるぎなき存続を保ち、その犯すべからざる独立を護り、その清き繁栄と高き文化の確立に寄与しなければならない。---
A国家と個人 国家生活は個人が国家のためにつくすところに成り立つ。ゆえに国家は個人の人格や幸福を軽んずべきでなく、個人は国家を愛する心を失ってはならない。---
B伝統と創造 ---国民の精神的結合が強固なものであるためには、われわれは国の歴史と文化の伝統の上に、しっかりと立脚しなければならない。また国民の生命力が創造的であるためには、われわれは広く世界に向かって目を開き、常に他の長所を取り入れねばならない。
C国家の文化 国家はその固有なる民族文化の発展を通じて、独自の価値と個性を発揮しなければならない。その個性は排他的な狭いものであってはなら・
第3章 社会 @公徳心、A相互扶助、B規律、Cたしなみと礼儀、D性道徳、E世論、F共同福祉、G勤勉、H健全な常識、I社会の使命、
第4章 国家 A国家生活は個人が国家のためにつくすところに成り立つ。ゆえに国家は個人の人格や幸福を軽んずべきでなく、個人は国家を愛する心を失ってはならない。B伝統と創造、D国家の道義(国際信義など)、E愛国心、H人類の平和と文化、〈昭和26年11月)
(注)吉田内閣の天野文相は教育勅語や終身科の廃止に伴う道徳教育の空白を埋めるため、講和条約調印(昭和26年9月)を機に、この要領を示そうとした。当時の言論界教育界などから猛反発に遭い、提示を断念。(読売新聞1998.1.1「道徳」先人たちが残した言葉より引用)


教育勅語 12の徳目 孝行(親に孝養をつくしましょう)、友愛(兄弟姉妹は仲良くしましょう)、夫婦の和(いつも仲むつまじく)、朋友の信(友人とは互いに信じあってつきあいましょう)、謙遜(自分の言動を慎みましょう)、博愛(広くすべての日とにあいの手を差し伸べましょう)、修学習業(勉学に励み職業を身につけよう)、知能啓発(才能を伸ばそう)、徳器成就(人格の向上につとめよう)、公益世務(人々や社会のためになる仕事に励みましょう)、遵法(社会の秩序に従いましょう)、義勇(正しい勇気をもち国のために真心を尽くそう)
伝統的な国家観に基づく国民道徳のありかたを明治天皇の名で明示した。戦前・戦中は各学校で奉読され,国民精神の形成に寄与したが、戦後(連合国総司令部)にCIE(民間情報局)の巧妙な廃止勧告により、昭和23年6月,衆参両院で失効排除決議が行われた

教育勅語の口語文訳 国民道徳協会訳文による
私は、私たちの祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を完うして(まっとうして)、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた,道義国家の達成にあると信じます。
爾臣民、父母に孝に兄弟(けいてい)に友(ゆ)に夫婦相和し朋友相信じ恭倹己れを持(じ)し博愛衆に及ぼし,学を修め業を習ふ以て知能を啓発し徳基を成就し,進んで公益を広め世務を開き常に国憲を重んじ国法に遵ひ(したがい)、一旦緩急あれば義勇公に奉じ以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし〜拳拳服膺(けんけんふくよう)して(胸中に明記して忘れずに)みな其の徳を一にせんことを庶幾ふ(こいねがう)
国民の皆さんは,子は親に孝養をつくし、兄弟,姉妹はたがいに力を合わせて助け合い、夫婦は仲むつまじく解け合い,友人は胸襟を開いて信じ合いそして、自分の言動を慎み、すべての人々に愛の手をさしのべ、学問を怠らず,職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は,真心をささげて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは善良な国民としての当然のつとめであるばかりでなく、また、私たちの祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、更にいっそう明らかにすることでもあります。
このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私たち子孫の守らなければならないところであると共に、このおしえは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく,外国で行ってもまちがいのない道でありますから、私もまた国民のみなさんとともに、父祖の教えを胸に抱いて,立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

恒例の『皇居参観』歌舞伎と懐石、2001.11.12、1泊4食付き¥25,000はがきに住所氏名年齢職業〒113−0034文京区湯島4-12-3(社)日本老荘福祉協会へ


南学は儒教・仏教特に禅宗の影響により生まれたもので尊王心を中核とした学問。要するに南学は土佐に生まれた学問であり、土佐学である(法学博士 吉永豊実)特徴は次の10項目
@実行を重んずる(釈迦以来,特に臨済宗は重視)、A道義を重んずる(儒教の五倫・五常の道)、B正座(座禅)、C生くべき時は生き、死すべき時は死す(戦国時代にこの傾向強し)、D尊王愛国心強大(昔の姿にと、江戸時代に盛ん)、E自らの中にある理性の声にしたがう(ストア哲学に類する)、F(理性の声に遵うから)自由を尊重、G平和主義、H和魂漢才、I南学は固定不動の学問ではなく生々発展し変化してゆく


道徳教育教師から見た生徒(数字は平成9年度、おおむね満足の%、中学1年生)
「節度と調和の生活]50.2、「他人への感謝と思いやり」29.3、自他の生命の尊重」35.6、「法の理解、秩序と規律」17.4、「父母・祖父母の敬愛」30.5、「郷土の発展への寄与」16.4、愛国・伝統の継承]5.3

福沢諭吉の七つの心訓(シンクン)
1つ、世の中で一番楽しくて立派なことは、一生涯を貫く仕事を持つことである。
1つ、世の中で一番さびしいことは、する仕事のないことである。
1つ、世の中で一番尊いことは、人のために奉仕し、決して恩にきせないことであ
る。
1つ、世の中で一番美しいことは、すべてのものに愛情をもつことである。
1つ、世の中で一番みにくいことは、他人の生活をうらやむことである。
1つ、世の中で一番みじめなことは、人間としての教養のないことである。
1つ、世の中で一番悲しいことは、うそをいうことである。



平成17年4月6日高新 つくる会の中学歴史教科書検定合格--- 申請段階⇒修正後 明治維新公共の利益の為に働く事を自己の使命と考えていた武士たちの自己犠牲によって実現した、世界に礼のない改革⇒公のために働くことを自己の使命と考えていた武士たちによって実現した改革〜。満州国;五族協和、王道楽土建設のスローガンのもと--中国人の著しい流入もあって、満州国建設はしだいに既成事実となっていった。⇒---流入もあった。しかし実際には、満州国の実権は関東軍がにぎっており、抗日運動もおこった。戦争目的南方進出は、もともとは日本の「自存自衛」のためだったが、アジア諸国が独立にいたるまでの時計の針を早める効果をもたらした⇒もともと資源の獲得を目的としたものだったが、アジア諸国で始まっていた独立の動きを早める一つのきっかけともなった。竹島韓国とわが国で領有権をめぐって対立している竹島⇒わが国固有の領土であるが--韓国が不法占拠している竹島--。

2005.7.13 栃木・大田原市 つくる会の主導した教科書(扶桑社発行)を採択した。来年度から4年間12の中学校で使われる見通し。都立と愛媛県立の中高一貫校(4校)と養護学校など(19校)や、一部の私立中はすでに採択しているが、 市区町村立中でははじめて。改憲で小沢教育長は「バランスが最も良い。この採択で日本と言う国に誇りと愛情をもつ子どもが育つと確信している」と説明した。高新2005.7.13。栃木県大田原市立中学し使用決定、2005.7.28高新。
愛媛県立中高一貫校・県立ろう養護学校採択(2005.8.26)。私立校では、明徳中(高知)・玉川学園(東京)・常総学院中(茨城)・麗沢中(千葉)・国学院栃木中(栃木)・麗沢瑞浪中(岐阜)・岡山理科大付属中(岡山)(2005.9.4高新・共同通信社)
2011.8.27高知新聞 ・・ 扶桑社の子会社=育鵬者(東京)の教科書を、愛媛県立中高・特別支援校の教科書として採択・・。
2011.9.1高知新聞 育鵬社の教科書 香川県中高一貫県立高松北中(県教委=歴史の大きな流れをつかみやすい)2-12年4月から使用・・。
2011.11.2高知新聞 文科省は1日、来年度から・・採択結果公表・・歴史は2010年度の6倍以上の4万7812冊、採択率3.7%・・。公民は前回の10倍以上の4万8569冊4.0%・・。横浜市の全市立中学校で裂いたうされたため大幅に増えた、沖縄県八重山地方の3市町村の公民は・・まとまっていないため含まれていない。

新しい教科書をつくる会HP 

 国民の歴史 西尾幹二 新しい歴史教科書をつくる会 産経新聞者刊 平成11年10月30日 A5版774P
建物内外の相違 高床式・桧皮葺・白木作り・畳に直接寝る・座式で唐風の椅子にならなかった・家全体として全面開放式・個室本位でなく融通無碍な大部屋式開放〜ユーラシアのなかで日本だけが例外〜外部から屋内もしくは中庭に通ずる出入り口は城門の様に厳しく閉じられている〜P34

今からわずか1,600年ほど前の近い過去に、文字利用のみにおいてのみ大陸とつながった、大陸とは浅い因縁の別個の文明である。日本語は中国文字の1字1音を排し、訓読みを導入し、2種のかな文字を混在させる自由自在な表記法において、漢字漢文より高機能のより進んだ文字文化を発明し、発達さえさせもした〜(P40)土器のルーツと言われてきた西アジアの壷も、年代的には縄文土器と太刀打ちできない。しかも西アジアのそれは貯蔵用のものだが、日本列島の土器は早くから煮炊き用に供され、そこに加熱の跡を残している。
土器は農耕社会に付随するものと限定して考えられてきたけれども、豊かな食生活が必ずしも農耕と一致するとは限らない〜P64

稲作文化と呼べるような経験は弥生までまたねばならないが、それも水田耕作が長く必要とされなかっただけの話で縄文時代が未開だったという意味にはならない陣者の〜建築技術(富山県桜町遺跡)、住居址の35cmを単位とする縄文尺。栃木県寺野東遺跡から冬至の日には筑波山頂から朝日が昇り、群馬県天神原遺跡からは春分秋分の日には妙義山の三つの峰の真ん中の頂上に太陽が沈む〜P66

日本語のルーツは、不明である。世界言語の中の比較的古い層、5千年ないし6千年という年代を超えた、さらにはるか遠い時期にさかのぼならねばならない言語〜いかなる「語族」の分派も日本列島に達した形跡はない。P87

漢字が日本に渡来したのは弥生時代〜以降、5〜600年経過した7世紀い、次の3通りの表記が行われていた。純粋に中国語として読ませるための漢文・漢字をつらねて書かれた一見漢文風の文章であるが大和言葉でないと読めない文章・表音文字を交えて山と言葉の語順のままに記した文章〜。万葉集は中国語を完全に拒否したスタイルである〜わかりやすくいうと、英語を学んで、This is a book という文章を学ぼうとしない、しかしアルファベットは便利だから日本文に利用するbookという単語は洒落ていて面白そうだから使ってみる。英語の文章は音読も黙読もしない。korewa issatu no BOOK desu というように利用する。英語の音声はbook以外には頭から無視している。日本人が中国語に対してやってのけたのはこのことだ〜P96

仏教や儒教・律令に近づくために、日本人が発明したのが「訓読み」という決定的に新しい中国語の解読法であった。(日本語を捨てて、中国語を話したり書いたりする国土にするわけにはいかないからだ〜)中国語として読む以外にない相手のものを、返り点を打ち、ヲコト点を打って中国語破壊の滅茶苦茶な読み方で訓読みという独自の音声形式を確立したのだった。〜102頁以降に訓読みの成功と日本文化の自立(異国後の支配という危険な要素を取り除くことに成功した〜)、以下、「かなの成り立ち」、「漢意(からごころ)の光と影」と続く

以下、「訓読みの成功と日本文化の自立」、「漢字で日本語をどう書き表すかという表記法の確立に向けての長い工夫と苦闘の歴史」と続く

魏志倭人伝は歴史の廃墟」(再体験するに値する人間の行為や思想をんいひとつ語っていない)、152pには岡田英弘『日本史の誕生』の1735年中国の正史である『明史日本伝』の記述を紹介している。
 =日本にはもと王があって、その臣下では関白というのが一番えらかった、当時、関白だったのは山城の守の信長であって、ある日、猟に出たところが木の下に寝ているやつがある。びっくりして飛び起きたところをつかまえて問いただすと、自分は平の秀吉といって薩摩の国の人の下男だという。すばしっこくて口がうまいので、信長に気に入られて馬飼いになり、木の下という名をつけてもらった。---信長の参謀の阿奇支というのが落ち度があったので、信長は秀吉に命じて軍隊を率いて攻めさせた。ところが突然、信長は家来の明智に殺された。秀吉はちょうど阿奇支を攻め滅ぼしたばかりだったが、返事を聞いて武将の行長らとともに、勝った勢いで軍隊をひきいて帰り、明智をほろぼした。=中国で150年もたってから書かれた信長、秀吉時代の日本史に関する「正史」である〜。

こんな「歴史に」誰がした 日本史教科書を総点検する 渡辺 昇一  谷沢永一 著 
クレスト社 国益を考えるシリーズ 人種差別の世界を叩き潰した日本 「かくて昭和史は甦る」、人を動かすには、何がが必要か「平時の指揮官 有事の指揮官、万死に値する大蔵・外務官僚の罪「これでも国家と呼べるのか」、戦後民主主義の代表者・大江健三郎への告発状、「進歩的便化人ちう名の国賊12人「悪魔の思想」、「かくて歴史ははじまる」、「大東亜戦争ここに甦る」、

松下村塾(吉田松陰の規則 1、両親の命、必ず背くべからず。2、両親へ、必ず出入りを告ぐべし。3、晨起盥梳(しんきかんそ)、先祖を拝し、お城にむかひ拝し、東にむかひ、天朝を拝すること、仮令(たとひ)病に臥すとも怠るべからず。4、兄はもとより、年長または位高き人には必ず順ひ敬ひ、無礼なる事なく、弟はいふもさら也、品卑しき年すくなき人を愛すべし。5、塾中において、よろづ応対と進退とを切に、礼儀を正しくすべし。
松陰(1830-1859)は安政の大獄で刑死した幕末の思想家。萩の松下村塾で高杉晋作・木戸孝允・伊東博文らを育てた。晨起(早起き)。盥梳(手を洗う・髪をくしけずる)

「うそと欺瞞が世界を席巻すれば自由と民主主義にとって危機的状況になる」「日本の前途と歴史教育を考える議員の中山会長=元文科相」;2007.6.20高知新聞;中国に南京虐殺30万人の犠牲者数の見直し・南京などの抗日記念館に接している関連写真の撤去を要請する構え

2012.2..21 高知新聞 名古屋市長 南京事件否定撤回せず 歴史認識「正すのが使命」 ・・・「旧日本軍による「大虐殺について、南京事件はなかったのではないか」とした自らの発言について、「・・一般市民を虐殺したと語り継がれている。(歴史認識を)正すのが私の社会的、政治的使命だ」とのべた。河村たかし名古屋市長は「一般的な戦闘行為や捕虜収容所の「火災を機にした銃撃事件などに巻き込まれて亡くなった方がいる」と主張し、当時の状況を分析すべきだとした。中国の「大虐殺記念館長が<でたらめな話>と批判したことについては「議論が起こるのは良いこと、<中国側も>冷静に受け止めて欲しい」・・・「日中友好のため議論が必要だ」と述べた。
同日午前の市役所を表敬訪問した中国共産党南京市委員会の劉志偉委員長「・・・南京市民は憎しみのためではなく、平和のために歴史を学んでいることを強調したい」と述べた。

日の丸 君が代 国旗 国家 
2003.12.22高新 今春、卒業式、日の丸100%、君が代99%、100%は1999年国旗国家法成立以降はじめて

日の丸が日本で用いられるようになったのは相当古く、大宝元年(701年)に天武天皇が「日」を型どった旗を用いたといわれ(続日本紀)、また後醍醐天皇が笠置山に行幸されたとき日の丸を用いた(太平記)。以後,戦国の武将、武田信玄・上杉謙信・加藤清正等は自分の家旗のほかに日の丸をよくかかげ、豊臣秀吉・山田長政も日の丸を掲げていたといわれている。江戸時代中期を過ぎ外国船の来航が多くなり、米国のぺりーが開国を求めた嘉永6年(1853)薩摩藩が日の丸を国章とするように建議し、幕府は「異国船に紛れざるよう日本総舟印は日の丸幟」と定め、さらに文非さ年(1863)には、「御軍艦の儀、御国印、白地日の丸」という幕令が出され公式に「御国旗」となった」。
明治になり鎖国が解かれ、広く各国と交際するようになり、明治3年(1870)「太政官布告第57号」において、「日本国船に掲げる国旗は白地に日の丸」と定めたて、以降、元首などの国際間の儀礼・国連などの国際的会議・オリンピックなどの国際的行事の場で日本の国旗として世界中の国々から認められてきた。
太陽を尊ぶ日出る国の民族の心意気を示す。赤丸は万物を育てる太陽を表し、その赤色は真心と勇気を、その円形は円満さを示し、その周囲の白地は清浄さをあらわしている。限りない太陽への恩恵を尊びながら何人も心正しく、赤誠を旨とし、清浄無垢にして円満でありたいという願いが統合されている。(国家・国旗推進会、昭和59年版)

君が代は、江戸時代までの和歌君が代は〜地唄、琵琶歌、小唄等種々であって統一されておらず〜。〜明治の初めに薩摩藩の軍楽教師フェントンが、その実習生に「日本の国歌はどのようなものか」と尋ねたので、大山巌たちによって、薩摩琵琶歌の中から「君が代」が国歌として選定されたといわれ、この歌詞に、古歌の意味がよく分からないフェントンが急いで作曲したために〜日本人 にとっては歌いにくい〜宮内庁雅楽課で作曲したもの(林広守作曲説と林広季・奥好義合作説と、二つの説がありますが雅楽課で作曲〜)=雅楽の調子で縦書きにしたもの=を、ドイツ人のエッケルトが、五線に書き写し、同時にピアノ伴奏譜をつけ、吹奏楽總譜を編曲〜。明治13年11月3日(明治天皇の天長節)宮中で初演奏〜。明治21年(定着期)にエッケルトにより「大日本礼式ー君が代」の譜が刊行され、この年に、大日本礼式として〜楽譜が諸官庁と条約国に公式に通知され〜国歌として、国内的にも国際的にも確定したのです。〜終戦と同時に占領という悲惨な現実によ り〜昭和25年文部省(注、現在の文部科学省)から掲揚と斉唱についての通達〜(新定着期)、オリンピックにおける日本人選手の活躍や外国との交流が深まるにつれ〜国歌としてふさわしいと考える人が圧倒的に多数となってきました(国家・国旗推進会、昭和59年版)

 2006.10.31言葉の交響(高新)山本史也さん--和名集「君は、上に在す(います)の称なり・岐美」--古来より天皇ばかりか、異性の対象もしくは死者を指して用いられた--「君」は尹と口よりなる字ーー神への祈りの文を収める器の形--「君」は一氏族内の神と人との媒介者・巫女--論語の君は主君--本居宣長は:「古今集遠眼鏡」に「君が代」歌の君を「ソチのきみ」と解している--江戸期にあっては主君でも天皇でもなかった--天皇の意味に特定されるのであれば、それは明治よりのち--。
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2004.8.15 59回終戦記念日 天皇陛下 〜〜ここに歴史を顧み、戦争の惨禍が再び繰り返さないことを切に願い、全国民とともに、先陣に散り戦火に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和とわが国のいっそうの発展を祈ります。

全国戦没者追悼式 2001.8.15 小泉首相 〜新たな世紀を迎え、あらためて、先の対戦の苦難に満ちた往時をしのぶとき、今なお悲痛の重いが胸に迫ってまいります。あの苛烈を極めた戦いの中で、300万余の方々が、祖国を思い、家族を案じつつ戦場に散り、戦禍に倒れあるいは戦後、遠い異郷の地に亡くなられました。これら戦没者の方々に思いをはせ、ここに心からご冥福をお祈りします。そして、現在われわれが享受している平和と繁栄が、祖国のために命を落とされた戦没者の方々の犠牲の上に〜

綿貫衆院議長 〜惨烈を極めた戦いが終わりを告げて56年の歳月〜国家の繁栄と家族の幸福を願いつつ戦場に倒れ〜最愛の肉親を奪われたご遺族の深い悲しみ〜人類はいまだに恒久平和を実現するには至っておりません〜尊い犠牲に心から哀悼のまことをささげるとともに、真に豊かで平和な世界を実現するため、全力を尽くすことを御霊の前にお誓い申し上げます。

井上参院議長 〜いまなお痛恨の情が胸に迫ります。〜国際社会にあってもあらゆる戦争を根絶するよう先頭に立って訴え、行動していかなければなりません。〜平和で希望に満ちたものとなりますよう、渾身の力を傾けることを、ここに硬くお誓い申し上げます。

2012.6.10 幻冬舎 発行 政変願望 中谷元 ・・・ 日本に必要な目標 憲法改正(天皇の地位、国旗国歌元号、国防軍と領土領海領空の保全明記、集団的自衛権、軍事裁判所の設置、外国人参政権、在外邦人の保護、家族の絆、犯罪被害者に対する配慮、緊急事態の規定などの定義)

ライン


靖国参拝なぜいけない 2001.5.24 高知新聞 声のひろば 森 正博様
靖国神社へなぜ日本の閣僚が参拝してはいけないのだろう。答えは東京裁判(極東国際軍事裁判)で判決を受けたA級戦犯が合祀されているからだという。もし、もしである。東京裁判そのものが疑われたらどなる。では、東京裁判の最高責任者とはだれか。マッカーサーである。マッカーサーはA級戦犯7人を昭和23年12月23日に処刑したが、25年に始まった朝鮮戦争を体験したことで、日本が起こした戦争の意義を悟ったという。
そこで彼は「東京裁判は誤りだ」、「太平洋において米国が過去100年間に犯した最大の政治的誤ちは共産主義者を中国において強大にさせたことだ」、「日本の戦争は大部分が安全保障の必要に迫られてのことだ」と発言した。これらのマッカーサーの悔恨の情を、私たち一人一人の日本人がかみしめ、その意味を味わわなくてはならない。-----。


三毒と三徳 ○三毒 仏教「むさぼる事」「怒る事」「理非のわからない事」  ○三徳 中国の経書「正直である事」「剛毅である事」「困難にたえる事」


武田信玄の修養の言葉
 ○心に怒り無き時は言葉和かなり ○心に堪忍ある時は事を調す ○心に曇り無き時は静かなり ○心に勇ある時は悔ゆることなし ○心に迷い無き時は人をとがめず

 仙涯和尚 老人六歌仙  (寛延3年〜天保12年)
@、しわがよる、ほくろができる。腰曲がる,頭が禿る。髪白くなる。
A、手はふるえ、足はよろめく、歯はぬける耳は聞えず、目は疎くなる。
B、身にそうは頭巾、えりまき、杖、眼鏡、湯たんぽ温石、しびん、孫の手。
C、くどくなる、気短になる。グチになる、でしゃばりたがる。世話やきたがる。
D、利きたがる、死ににともながる、淋しがる。心がひがむ、欲深くなる。
E、またしても同じ話に、孫誉める。達者自慢に人はいやがる。

  1841年 禅号は普門円通禅師。あとが、まだあるようですが、ご存じの方、ご一報くださいませ。

2008.5.2 かんぽ伊野でみのり会役員会の席上 田増さん曰く; 「皺が寄る(髭はくちひげ、鬚はあごひげ、髯はほほひげ)・・湯たんぽは湯婆または湯湯婆、Eの孫→子、

六諭(1393) 1、父母に孝順なれ。2、長上を恭敬せよ。3、郷里と和睦せよ。4、子孫を教訓せよ。5、各々生理(職業)に安んぜよ。6、非為をなすなかれ。


開運福寿の秘伝ー心の鏡の巻きー(淡路島七福神総本院 蓮台山八浄寺) 1、高いつもりで低いのは 教養 低いつもりで高いのは 気位。2、附かいつもりで浅いのは 知識 浅いつもりで深いのは 。3、厚いつもりで薄いのは 人情 薄いつもりで厚いのは 面の皮。4、強いつもりで弱いのは 根性 弱いつもりで強いのは 。5、多いつもりで少ないのは 分別 少ないつもりで多いのは 無駄六諭(1393) 1、父母に孝順なれ。2、長上を恭敬せよ。3、郷里と和睦せよ。4、子孫を教訓せよ。5、各々生理(職業)に安んぜよ。6、非為をなすなかれ。


 五省 1、至誠に悖るなかりしか。1、言行に恥じるなかりしか。1、気力に欠くるなかりしか。1、努力に憾みなかりしか。1、不精に旦るなかりしか。(海軍兵学校)

 教育基本法への、保守派の批判;日本人の育成;「日本人としての立派な人を育てると同時に世界の諸民族から敬愛される人を育てるとするならば、いささか足りないところがある」1960年荒木万寿夫文相。「基本法は蒸留水。日本の味がしない」中曽根康弘元首相。


人を生命を、そして無生物をも「愛おしむ心」、真面目、勤勉、謙遜、清楚、潔さ。小池俊夫さん(2002、日本私学教育研究所)


生命の光(http://www.makuya.or.jp) Nr.627(20074.11)P17,靖国神社を護ったキリスト者<齋藤嗣男さんの随想より抜粋転載---ここには神道の人だけではなく、仏教徒もクリスチャンも合祀されている。----また今でも、国籍や宗教、肌の色も違う世界中の人々が敬意をもって参拝に来る----昭和20年GHQは---靖国神社の取り壊しの是非について----そのころ上智学院(今の上智大学)の院長で駐日ローマ教皇代表となったブルーノ・ビッテル神父に覚書を送った。翌日の午前10時までにキリスト教会としては賛成か反対かを回答せよと---。回答した結果は明確そのものであった。「---いかなる国家も、その国のために死んだ人々にたいして敬意を払う権利と義務があるーーそれは戦勝国か敗戦国かを問わず平等の真理でなければならない。無名戦士の墓を想起すれば自然に理解できるはずである。---焼き払ったとすれば、その行為は米軍の歴史にとって不名誉きわまる汚点となって残り、歴史はそのような行為を理解しないに違いない---国家のために死んだものは、すべて靖国神社にその霊を祀られるように進言するものである(『マッカーサーの涙』より)1932年 イエズス会の神父として来日、日米開戦の阻止のために力を尽くし、戦争がはじまっても日本に留まった。---90年の生涯の50数年を日本で過ごし、日本の土となられた ---

批判ばかりされた子どもは非難することを覚える/殴られて大きくなった子どもは力に頼ることを覚える/笑いものにされた子どもはものいわずにいることを覚える/皮肉にさらされた子どもは鈍い心の持ち主になる/しかし激励を受けた子どもは自信を覚える/寛容にあった子どもは忍耐を覚える/賞賛を受けた子どもは評価することを覚える/ファアプレーを経験した子どもは公正さを覚える/友情を知る子どもは親切を覚える/安心を経験した子どもは信頼を覚える/かわいがられ抱きしめられた子どもは世の中の愛情を感じることを覚える」スエーデンノの教科書の一節<「テーマは「あなた自身の社会」>から、高知県こども課長岡崎順子さんがご紹介したもの;補導センター便り(第261号、2004.10.15)の講話趣旨の紹介文から抜粋


国の宝とするは何ぞや、国を富強とする所は、人民の特に有、智にあり、この二つの者備わり、而して後、国寧し(やすし)。とく無くして兵強なるときは」これを用いるにあやまる---。当校の善悪のごとくは余が言うところに非ず、生徒功を奏するや否やを以て知るべし---,「この洋学校の善し悪しは、私が言っている言葉ではなく、どんな生徒が育っているか、その事実をもって判断して欲しい」;ジェーンズ先生、生命の光626号より引用(2004年10月)

食事の五則 1、よいしせい、2、いただきますの挨拶、3、よくかんでたべる、4、なんでもたべる、5、「ごちそうさま」「いただきました」「おいしかった」この5つの作法ができたらカレンダーに○をちけよう<道灌山学園保育福祉専門学校長高橋系吾さん>2004.8.3の全私学新聞
親の反省「子育ての四則@親がよくなれば子どもは必ずよい子になる。1、過保護にすると
わがままになる。2、放任してそだてると自分勝手になる。3、自由に育てると、言うことを聞かなくなる。4、厳し過ぎるとうそを言う子にる。A子供の心を考えてきちっと育てると必ずよい子になる。<高橋系吾さん>

医療水準、豊富な科学的知識・教養 + 人間性の涵養(長い経験の蓄積、深い人間理解、高い倫理観、広い社会的知識)が必要;全私学新聞平成16年7月3日の論壇<医療・介護の荒廃を避ける
知・徳・体+食 → 生活習慣病;標準体重の維持・適度な運動・禁煙・適量飲酒・朝食の習慣・間食の制限・充分な睡眠;医療費安く・介護費用少ない
                      
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