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日本 伝統 文化 ー博物館ー<1頁>  
世界遺産      <2頁>  Fm'00.4.1.Times   内外教育事情(2)  

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未来技術遺産の写真や情報 http://www.kahaku.go.jp/instistution/sts/material/index.html
 【MapFan めるまが vol.72】 日本全国 気軽に行ってみたい博物館・美術館公開!
   http://www.mapfan.com/kankou/spot/museum_gallery/kanto.html

2008.5.30「文教高知」主張より・・「伝統・文化に親しむ」石田正俊・・小中学校学習指導要領の改正点とその視d法などに関して述べる。・・国語;ことわざ、故事成語、神話・伝承、古文・漢文など小学校段階から古典に関する指導を充実。社会;代表的な文化遺産や縄文時代の生活など、伝統や文化についての学習・・。算数:そろばんなどの0教具の活用。音楽;唱歌、和楽器、民謡、長唄などについて・・。美術;鑑賞指導・・。技術・家庭:地域の食文化必修化、和服の基本的な着装を扱える。保健体育;武道の必修化。・・中教審で京大の中西教授「・・現代日本人は・・3つのバランス(物質と精神、進歩tp伝統、個人と共同体)を喪失している・・「心・伝統・共同体」の方向(・・が回復されるべきである)・・。

2007.6.15 博物館法改正検討会議報告(昭和28年制定の同胞が実態にそぐわない)平成17年10月・全国に5614館・うち登録博物館865館博物館相当施設331館、平成9年を最後に補助金制度がなくなり、登録を目指さなくなっている。登録基準緩和と学芸員制度見直し内容とする

東京・奈良・京都に次いで4番目、10余年ぶりの国立博物館の誕生



交通博物館(神田須田町)70年の歴史に幕;平成19年年10月・鉄道専門の博物館をさいたま市に新設予定

海の磯もとどろによする浪 われた砕けて裂けて散るかも 金塊集(源実朝)

縄文土器群 仁徳天皇御陵 平安の出雲大社 仏教彫刻群 室町能・茶の湯・いけばな・水墨山水・回遊式庭園・枯山水・書院造り・幽玄枯淡わびさび・江戸後期の北斎

公共事業予算の5分野(五族協和、景気の波にも政権交代にも聖域扱い)道路、治水治山、港湾、下水道、農業基盤
Wの2009年までの緩やかな拡大見通しの7品目;エアコン、冷蔵庫、洗濯機、掃除機、電子レンジ、炊飯器、電気かみそり、(日本電機工業会2006.11.29発表)

日本民家再生リサイクル協会 03・5216・3541

国内最大の大学博物館 京都大学(左京区)リニューアル 2001年5月 チンパンジーと知恵比べ出来る装置、マレーシアの熱帯樹のジオラマ---

  

ハンセン病元患者の人権回復の写真集 4年間の体験を、この夏、「病癒(い)えても」を出版 寺島萬里子さん(医師75歳、2001.8.20高新) 〜「特別病室」という名の重監房では多くの患者が〜体力を消耗、〜氷点下10度の病棟で22人が死亡〜遺体処理も患者自身がやる〜親族もこない通夜と無縁墓、特別病死kつの跡、「死者はふとんごと凍って、はがすのが大変だったそうです」〜モノクロ写真〜「公表をためらった写真もありますが〜誇りを持ち、毅然と力を合わせ生活してきた人々の素晴らしさ、人間の尊厳を知ってほしいからです」〜

からすうちわ(虫除けのうちわ)を軒先に飾る。願いを天に伝える(天の神と人とをむすぶ)、ネイティヴアメリカンのトーテムポールにカラス。

明治4(1871)年8月、明治政府は男どもに「散髪、制服、脱刀、勝手たるべし」。女性に長い黒髪をザンギリの大流行。あわてた政府は翌5年4月5日、「男に限って許可した散髪を女性が真似してはならない」という女性断髪禁止令を出す。新聞は、「女性の断髪もとより我古俗にあらず、また西洋文化の諸国にも未だかってその醜態陋風見るに忍びず」

からす 熊野神社;


参考・関連サイト・リンク

 菊地真一研究室 日本文学・講談・漢字 

  日本新聞博物館 (愛称:NEWSPARK)JR根岸線・横浜市営地下鉄「関内駅」、横浜市営バス「県庁前」

 江戸東京博物館    儒学・日本思想


2006.5.3高新 国立大阪民博 「みんぱくキッズワールド 「こどもとおとなをつなぐもの」約255点を55個の木箱に納めた--- 快気は0日まで、毎週水曜日は休館、ただし3日は開館

<語呂合わせ:2000 45回33耳の日の日 40回87鼻の日>

1月3日瞳の日、1月5日囲碁の日、1月19日トークの日、1月22日夫婦の日、1月28日にわとりの日、3月4日サッシの日、3月8日蜜蜂の日、3月10日砂糖の日、4月10日よい戸の日(建具組合)、 4月30日 図書館記念日  読む・観る・聴く・憩う、5月6日ゴムの日、5月30日ゴミゼロの日、6月4日は虫の日 害虫駆除(ねずみ、ダニ、1mほどの大きさのイエシロアリの巣)、9月9日救急の日【大分県九重町の温泉の日「点在し九重九湯と言われる」。世界占いの日「ノストラダムスの終末の予言が1999.9.9」。重陽の節句。】9月10日(昭和48年屋外広告物改正)屋外広告の日<違反広告を一斉除去>、10月1日はめがねの日:一をメガネのつる、0をレンズとみなすとメガネの形:土地の日は十と一を組み合わせると土。10月8日は骨と関節の日 2000から2010の10年は骨と関節の10年(スウェーデン・ルンド大学提唱全世界キャンペーン
10月8日 骨と関節の日(10月を月間)「2001年からの10年を関節の10年として日本整形外科学会は啓発運動などに力を,入れる。「ホ」の字を分解すると10と8になる。10月17日 貯
蓄の日(もとの神嘗祭、昭和27年制定),11月8日は、いい 歯 の 日, 11月9日は、119の日(消防)「火をつけた あなたの責任 最後まで」、12月9日、障害者の日(1975.12.9国際連合「障害者の権利宣言」採択・1981国際障害者年を記念してこの日を定めた)。

東京国立博物館改装で休館中のところ、2004年9月1日より公開

落書きから古都を守れ 奈良県が条例可決(←罰則や原状回復義務を求める意見もあったが、法的に難しいとして「宣言的」なないようになった。今年になり、多発。2001.6.30高新)


2001.1.14成人の日・各地の成人式で話題あり。 高松市 成人式でクラッカー 威力業務妨害 クラッカーを入り口で3人に配った成人に25万円・他の成人に20万円簡易裁判判決

文化財 とは(文化財保護法) 有形文化財 建造物、絵画、彫刻、工芸品、書跡、典籍、古文書、考古資料、歴史資料など 無形文化財 演劇、音楽、工芸技術など 民俗文化財 [無形]衣食住、生業、信仰、年中行事などに関する風俗慣習、民俗芸能 [有形]同左に用いられる衣服、器具、家屋など 記念物 [遺跡]貝塚、古墳、都城跡、旧宅など [名勝地]庭園、橋梁、渓谷、海浜、山岳など [動物、植物、地質鉱物] 伝統的建造物群 宿場町、城下町、農漁村など 埋蔵文化財(出土した遺物で重要なものは重要文化財に、遺跡で重要なものは史跡に指定される)

有形文化財のうち、重要文化財@各時代のうち文化史上貴重A題材・品質・形状・技法で顕著な特異性B特殊な作者・流派・地方様式を代表する顕著なものC渡来品でわが国文化にとり特に意義有るもの:に指定(特に制作が優れ、価値の高いものは国宝<2000年10月現在1056件>[書跡や典籍(書物)が全体の4分の1、建造物がほぼ5分の1]に指定)、登録有形文化財(保存と活用が特に必要な建造物)。
無形文化財は、指定→重要無形文化財。認定→重要無形文化財保持者・保持団体。民俗文化財は、指定→重要無形民俗文化財、重要有形民俗文化財。記念物は、指定→史跡・特別史跡、名勝・特別名勝、天然記念物・特別天然記念物。伝統的記念物群は、市町村が条例で決定→伝統的建造物群保存地区、価値の特に高いものを選定し重要伝統的建造物群保存地区

文化財の保存技術を選定し、「選定保存技術」、認定し「選定保存技術保持者・保存団体」。文化庁は◇管理・修理・復旧・公開に関する指示・命令・勧告、◇現状変更の規制、輸出の制限、◇所有者所在の変更なくしたり壊したりする際の届け出、◇固定資産税の免除、修理や買取の金銭援助

毘沙門天の中から毘沙門天(胎内仏、12世紀はじめ一木造・45cm 高野山金剛峰寺所蔵の毘沙門天立像(重文、270cm)2003.2.18高新

 2000函館元町Valentine's Fantasy(2月1日〜14) メッセージコンテスト受賞
「あなたのポケットに手をいれて歩いた 雪の夜 思い出すあの温(ぬく)もり」千葉県加藤政子さん

雪降らば 逢わんと君に誓いたる その新潟に 雪降るという 吉井勇 

 中秋の名月は「仲秋の名月」とも、「中秋の明月」とも書く。中秋なのか。また名月なのか。明月なのか。理屈っぽいがどちらが正しい表記なのだろう。
まず「ちゅうしゅう」について考える。手元にある事典、および暦に関する本などによると、「仲秋」は陰暦の八月、一ヶ月間を言ったものである。是に対して「中秋」は、その中の真中の日、一日だけを言ったものである。つまり、中秋と言えば、陰暦八月十五日のことを自動的に指す言葉となる。
次に「めいげつ」は、「明月」とした場合、遠く澄み渡った月とか、明るい月とかいった意味が主になる。従って、曇った場合には名月とは書きにくい。
一方「名月」にすると、陰暦八月十五日夜の月とか、陰暦九月十三夜の月を意味する。この場合は曇っていても『曇り名月』などという使い方ができる。
こうしてみてくると「陰暦八月十五日の夜の月」という意味では「中秋の名月」と書くほうが理にかなっているように思える。実際、新聞は昭和34年以降「中秋の名月」で統一しいてるし、テレビでもこれに倣っている。
とはいえ、言葉は汎用性のあるものだし、これしかいけないと言うものでもない。澄もわたった月なら「明月」と表現したほうがいい場合もあるだろうし、要はその人の感性によって決められるべきだろう。<1992.9.14(月)高新、気象・健康・現象、森田正光

名月 明月 望月 満月 今日の月 月今宵 十五夜 芋名月 陰暦8月15夜 中秋の月 秋草や虫の音、夜露や涼風、新芋や栗・枝豆・団子などを供えて収穫を祈る。東京付近では月見団子を作り薄の穂を供える。
15夜は旧暦8月、13夜は旧暦9月の左側が欠けた名月。古来日本では、『片見月はするな』といってこの、15夜・13夜を欠かさずお月見をしたという。
13夜も、月見という。観月・賞月・月祭る・月の宴・月の座・月見酒・月見舟・月見茶屋・月の宿・月の主・月の客・月の友・月を待つ。
良夜 八月十五日・9月十三日は婁宿(ろうしゅく)なり。この宿、清明なる故に、月を翫(もてあそ)ぶに良夜とす『徒然草』、名月・後の月の、月光あまねき夜。月の明るい夜・俳句ではとくに15夜と13夜とにいうことが多い
無月(むげつ) 曇ったり降ったりして、名月を見ることが出来ないのを言う。曇る名月。雨月・雨名月(あめめいげつ)・雨の月。雨月 雨のためあいにく名月がみられねい。惜しい気持ちがいっそう侘びしさを募らせる。無月、雨の月、月の雨。立待月(たてまちづき)陰暦8月17日の月。山の端に出る月を立って待つこころ。立待・17夜。居待月18夜、寝待月19夜。晦日(みそか)というは、「暗い」の意味で月のない夜のこと。月籠もり(つごもり)も同じで・これは、文字通りつきのこと。

地平線で見る月はまた確かに大きい、認知科学では「錯視さくし」の現象、後ろを向いて股の間から眺めて見ましょう。大きさは普通です。

2005.10.3高新 山崎清朗 ----阿倍仲麻呂の--「あまの原 ふりさけ見れば かすがなる みかさの山に いでし月かも」。このつきは仲秋ではなく、中国の明州の海辺に上った中冬の名月である。753年11月15日夜、仲麻呂は翌日日本に向け出帆する遣唐使船上にいた。--在唐37年の歳月も日本語の美を忘れさせるものではなく---。唐での親友に王維、李白の二大詩人がいる。---後に仲麻呂の遭難を知った李白は、彼が死んだと思い、--仲麻呂は、李白にとって名月を思わす人格の人であったらしい。このとき、李白は仲麻呂から送られた日本の衣を着ていたらしい---。

花火 九州平戸の、松浦静山侯の「甲子夜話(かっしやわ)」という本にに、享和4年(文化元年・1804)の夏・隅田川での花火大会の番付表があり、仕掛花火を合わせて数十種類の種目があった。流星・柳火・群光星・武蔵野・蜂巣立・網火移し・金傘・銀河星・栗散星5・子持乱虫・村雨星・庭月・光雷鳴・乱星・赤熊・星下がり・星狂・孔雀尾---
火災の危険があるため,大きな花火は隅田川でしか上げることが許されなかったという。
元寇のおりの経験(耳をふたぎ、目も眩み---)は忘れ去られ、次に天文12年の(1543)種子島銃の伝来である。火薬は当時、黒色火薬で、硝石75%・硫黄15%・木炭15%が標準の処方。硝石つまり硝酸カリウムだけはそれまでの日本ではなじみの薄い物質。しかも、火薬の爆発力は、燃焼に必要な酸素を供給する酸化剤である硝石に左右され、硝石の比率が低ければ発射に使えない。戦国時代の末期までは膨大な量を中国やヨーロッパから輸入。元和堰武で戦国の世が終わりを告げると、武器の需要は急激に減じた。

国産硝石の精製 @ 人の住んでいる古い家の床下の土を集めて水に浸し、溶け出した成分を煮詰めて硝石を精製する。(人体から落ちる垢や皮膚の粉などが床下にたまり、含まれているチッソ分が長年のうちに土の中のカリウムと化合し、わずかながら硝酸カリウムが、床下で溶けず流れず蓄積し硝土(硝石土)となる。 A 加賀硝石の名で有名な最大産地・越中五箇山では、干草と土の混合物に、魚のあらや糞尿などをいれて腐らせた水をかけて硝土を作った。密閉できる小屋に積み、時々かき混ぜて反応を促進させる。慶長8年(1603)毎年2000斤(約1.2tonか)上納したとわれている。

日本の花火は球形、代表的なのは、中央の割薬と呼ばれる強い火薬の周囲に、星と呼ぶ小型の球形火薬をいくつも配置し、外側を和紙などで何重にも張り固めてある。これを専用の筒で打ち上げ、導火線により上空で割薬に点火、その爆発で星が四方八方に飛び、きらびやかな光や色で花を描く。表面の硬さと割薬の爆発力とのバランスで星の飛散をコントロールする。「星を均等に詰めるのが職人の腕の見せ所。ここがまずいと星は球形に飛ばず、いびつになってしまう」。直径約10cmの3号玉は高度約120mで直径60mほどの花が開く。直径1mを超える40号玉になると高度は約800m、花の直径は約700mにもなる<新潟県小千谷市で直径約700mになる4尺玉が打ち上げられギネスブックにも載った)。文字も自在で、ハート型・ちょうちょ・顔・ドラえもんやキティちゃんの絵、玉のなかに上空で描きたい形のままに星がつめてある。
導火線で連発するスターマインが主力で、最近は電気点火とコンピューター制御を使い、音楽やレーザー光線と同調させショーアップする技法が普及しはじめている。
色彩の秘密は火薬に混ぜられた熱されと固有の色を出す金属化合物(青の酸化銅・赤の炭酸ストロンチウム・緑の硫酸バリウム・最近はピンクやオレンジ・黄緑・パッションオレンジ・レモンイエローなどの新色が登場している。炭酸飲料の阿波がはじける「シュワシュワ」という音も出せる。
国内生産がピークだった1991年の約49億円に比し99年は約24億円、経済産業省の集計では、年間60億70億円~台で安定しているという。(2002.8.12高新)

爪紅(つまべに) クリアーネイル 江戸時代の女性向礼法書の化粧の条に「つま化粧のこと。色を深くさすべからず。あまり紅のこくはば広きは化粧にあらず」もとはオシロイバナの花弁を指先でもむと赤い汁がでて、それが指先を染めるという子どもの遊びのようであったともいわれる。が、礼法書のなかでは爪紅にも、もっともらしい理由がある。「かねを付 歯を染め 爪紅粉をさす事は 歯は骨の余り 爪は肉の余りとあり」。すなわち、肌や骨を隠すと言う儀礼的目的の一部なのだ。鉄漿をして歯を隠し、つめを切ったあとに肌をかくすためにつめ紅をさす。(富山短大陶智子講師) 


1.家政科メモ No.4「衣がえ(衣更え、更衣)」  短大家政科より

衣がえは、日本の気候が変化に富んでいるため、季節に応じて衣服を着がえるという、衣生活上の習慣であります。四季の衣服は多種多様でありますが、大別すると、冬物と夏物になります。衣がえの時には、着用する衣服を取り出し、着用した衣服をしまうという衣服管理が必要となります。そこで、衣がえの由来と管理について述べましょう。

T.衣がえの由来(変遷)

◇平安時代
    滋野貞主(785〜852)の提唱によって、旧暦の4月と10月の朔日(ついたち)に宮中行事として行なわれたのが、はじまりとされています。
    宮中では、季節にふさわしい装束に着替えるとともに、室内の家具・調度品 などを飾りかえる風習もありました。

◇室町時代後期
    小袖を中心とした武家服制によって、衣がえが成立したとされています。そしてこの風習が、一般庶民にも広がるようになりました。

◇江戸時代
    冬には綿入れ、春秋には袷(あわせ)、夏には単衣(ひとえ)、盛夏には  帷子(かたびら)と絽(ろ)、紗(しゃ)などの薄物というように、四季の変 化にともなって、いっせいに着がえが行なわれました。

◇明治以降
    警察官、学校の児童・生徒、鉄道関係者などの制服が一般化され、6月1日 と10月1日に夏服と冬服の衣がえをするようになり、衣服が黒や紺から白へ、 白から黒や紺へと替わって、街行く人に季節感を与えています。 しかし、今日では化学繊維の発達と冷暖房設備の普及により、衣がえの区別  がはっきりしなくなり、気温の変化にあわせながら、衣服を替えるようになってきました。

U.衣服の手入れと保管

◇着用後の手入れ
    衣服は着用後ブラシをかけて、ほこりを取り除き、ほころびなどの補修をしたり、汚れの点検を行い、しみはなるべく早く取り除き、長もちさせるための、ゆきとどいた手入れが大切です。

◇湿気・カビの予防
    室内の湿度と温度が高いと衣服にカビが発生しやすく、衣服が変退色したり、繊維の強度が低下したりします。カビの発生を防ぐために、衣服に付いた汚れは取り除き、保管する衣服はのりをつけないで、十分乾燥させることが必要です。さらに、湿気を防ぐために防湿剤(塩化カルシウムとシリカゲル)、防湿機 などを用います。また、日本では古来から、虫干し(土用干し、寒干し)を行っています。

◇害虫の予防
    羊毛、絹など動物性の蛋白質繊維が被害を受けやすいので、付着した汚れは取り除き、防虫剤としてエムペトリン、ナフタリンなどを入れます(約6〜12ヵ月有効)。
    防虫剤は2種類以上併用しますと、薬剤が溶けて衣服にしみがついたり、変色することがあるので気をつけましょう。防湿剤は防虫剤と同時に用いてよいので、最近は防虫剤に防カビ剤が含まれているものも多くあります。防虫剤は密閉容器に入れることにより、有効に防虫できます。また、空気より重いので衣服の上に置くほうがよく、ガスが容器中に十分ゆき
    わたるよう、衣服に余裕をもたせて収納します。

◇保管
    まず洗濯またはクリーニングに出して、汚れを十分取り除きます。湿気が残っているとカビが生えやすいので、日光やアイロンで乾燥させてから収納しましょう。クリーニング店から戻った衣服は、ポリ袋から出し、風を通してから保管した方がよいでしょう。防虫・防湿効果を増すために、密閉した容器や場所に保管します。トランク、茶箱、行李(こうり)、衣装箱、タンス、クローゼットなど。防虫・防湿ばかりでなく、酸化をも防ごうとする「真空パック包装」もあります。 家庭での保管がむずかしい衣服は、クリーニング店で保管してもらうことも考えられます。家庭での保管場所不足の場合、トランクルームを利用する人が増えているようです。

以上衣がえによって衣服を大切にする心と季節感を新たに認識する豊かさが生まれるのではないでしょうか?

今回は、家政科専門科目「被服学」「被服構成学・実習」「文化史」担当の教員による解説でした。

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跡見学園広報委員会  atominet@atomi.ac.jp
03-3941-8161(代)
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2000年、高新 「金子みすずの世界展」によせて 矢崎節夫さん〜この展覧会は、金子みすずの自筆の3冊の童謡集、着物、写真などの遺品と約70編の作品で、26年間の生涯と童謡世界を紹介する始めての本格的なものだ。〜すでに13万人の入場者があり、この後、来年まで全国を巡回することになっている。〜小学生から大人まで3世代と入場者の幅が広い〜〜13日間の開催中、1日平均4千人もの入場者にのぼったある会場の担当者によると、「これほど混雑したら、何人かは苦言を言われる方がおられるのですが、不思議ですね。この展覧会だけは一人もそういう方がいらっしゃいませんでした」とのこと。会場の中で、みすずに出会った人は、お互いに心でなにかを感じ合うものがあるのだろう。〜〜。

ダンス「パラパラ」大流行中。2000.8.31高新。ユ−ロビート(テンポの速いダンス音楽)に載せ、両手をリズミカルに動かす。昨年SMAPの木村拓哉がTVで披露。

ダンス「サルサ」キューバのリズムをベースに1960年代のニューヨークで生まれた世界的に流行のラテンダンス、日本上陸,2000.9.21高新


「〜古いもののうちから美しいものを見出すことを忘れたのでは人類の福祉も社会の文化もありえない。いわんや文化財に関する限はその新しさは、古いものとおきかえるのではなく、古いもののうちの優れさを採って加えていくことである。だから保持と開発、保護と活用は、対立という偏見をお互いに調整することが肝要でる。高度の価値をもつ、尊い歴史的遺物といっても、新しい生活と環境のなかにくみ入れなければ、いつか万人の目や手でつかみ得ないものになってしまうだろう。われわれの人生生活も、左とか右とか、上とか下とか、老とか幼とかがお互いに調整されるところに、明るい生活の営みがあると思う〜」(稲門博物館学芸員の会長富士川金二先生玉稿、会報第九号・昭和38年。1頁、和を求めてー文化を守るためにーより引用・転載)


「〜保護と活用の条件の両立はむづかしい事情におかれているが、国民が常にたやすくその文化財に接し鑑賞しさらに解説と教導の便益を得るように、最善の国民へのサービスを図ることを文化国策の重要事項としなければならない〜」同三号昭和35年 会長の、ー 歩みかたのひとつ ー より


会報は、今は亡き「平沼大兄(元神奈川県立高校長)のご労作、座談会のテープおこし・喫茶店のメモや投稿依頼などあらゆるものを動員、40年、ありがとうございました。第20号(昭和57年)の編集後記にいわく『何が人にヤル気を起こさせるのかー5月7日付毎日新聞夕刊に「新作名刀展」で高松宮をご案内申し上げる会長の写真を見つけたとき、思わず「< 早く会報を会員へ >という気になって。理由はわからない。〜せめて2年に一度ぐらい会報をだしたい。原稿と資金とーーどちらかといえば、原稿のほうを多くください。』とある。わかる。わかります。感謝。


日本人は幾世紀にわたって技と能と更に偉大な霊感を持って、国の美を創造し、そして万難を抑してまでよく護り伝えて来ている。誇るべき文化的民族である。〜すでに破壊されたものを復元しなくてはならない。いわゆる美と魅力とを取り戻すべきものがかなり多いということに気がつくのである。さらにわれわれのとるべき保護策は〜復元と革新という前進した、いわゆる創造的保護ということも考えなくてはいけない時に来ているということにも気がつくのである。〜「社会は常に最大限の美がその中に住む人間の精神に及ぼす効果を考えて計画されるべきである」とトーマン・ジェファソン氏は述べている。〜(会報第14号・会長・昭和42年 = 護り伝える物ー者 = より引用・転載)


会報第8号(昭和38年)で富士川先生は『美を護ろう』という巻頭言をよせられた[〜最近の科学技術は衛星船だ、ロケットだと、たしかにに人生活動の領域は拡まったが、われわれの足下にある現実を,住みよくすることには案外関心が低い〜〜芸術文化に見ることのできる清新さ「キレイ」という考え方は、日本の特色であって,世界に類のない民族の美しい心である。さわやかさをとどめ、くさり・よごれをすてて、清く新しいことを好むこころが、日本の美を築いている〜〜自然の美も貴重な歴史的環境もみる先人の力によって護られたもので日本文化の母胎となっている〜〜老朽ちた街路樹,毒々しいネオン、でこぼこ道路と、われわれの生活環境には見苦しいことが多すぎる〜〜国土は国民生活の場であるのであるから、その美醜は文化国家の終局につながる〜〜祖先の力によって,伝承している美しい豊かな文化遺産を危うくしたり,日本民族の誇りに傷をつけるようなことがあってはならない〜世界にまれだと言われる日本の美は,国土を愛し,美しい環境をきれいにする生活によって築かれたものである〜〜われわれがどう取り組み、どう処理するかば、日本人の智慧と能力と心情とを評価する上に,大きな試金石となるのではなかろうか。



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森繁久弥さんの歌に「阿蘇」を歌った歌があります。
多分ラヂオであったと思いますがが、「北を歌ったら(知床の岬に〜)はやったので、南の歌(この歌)を作っが流行らなかった〜」と笑わせていたように記憶がある。
テープで起こした歌詞を手帳に見つけたので、字違い等があるかと思いますが、懐かしくて、ご披露する次第。

第5高等学校寮歌(昭和5年)

椿花咲く南国の 二更を過ぐる星月夜 オリブの森に焚火は燃えて  寮歌朗らかに酒宴の 感激深き 若き日の 誇りを永久に 忘れじな

阿蘇は火の山、空の果て、なにを祈って 吐く煙
遠い神代の愛のうた 邪馬台の国に、流れてる
流れてる、ふるさとよ


< ぼうぼうの山を巡りてその真中、火を吐く煙の立つ波を、太古卑弥呼の黒髪を、赤く染めしか赤陽の、今日も沈むぞ果てしなく >

照る日曇る日、いつまでか、夢にやさしい子守唄、五木の里の紅つばき、咲いているだろう、父の亦、其の父のふるさとよ。
 




高知新聞より転載引用




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平成12年3月9日付け: 「〜土佐一弦琴の技術保存をしている県内の演奏グループ『白鷺会」〔近森律子会長)が、一弦琴制作者で知られる佐竹卯之助(1840年天保11年斗賀野村生まれで、江戸期の美濃屋宗助〔京都〕と並んで全国に名を残した制作者)の作品・県内9面、県外4面を〜このほど南国市内に借り集め写真撮影した〜持ち主の名前を象牙で埋め込んだものもあった〜」sub8-2参照
曲名の例 「友千鳥」「今様」「土佐の海」
白鷺会(28人)昭和25年秋沢久寿栄結成、昭和52年作曲「大津の里」。古くからある「清渚(きよきなぎさ)」「琴音(ことのね)」。筝曲「花と少女・流れ行く花」では13弦との合奏2001.5.19高知市中央公民館

平成12年3月27日(月)午後9時15分よりNHK時代劇ロマン 「一弦の琴」 スタート 竹下景子さん 土佐弁をしゃべります  幕末から明治へ  土佐が舞台


同3月10日付  「〜9日、安芸郡東洋町に伝わる仏像10体が、平安時代中後期〔10世紀後半ー12世紀後半)に作られたことが分かったと発表した〜」。県立歴民館で17日から公開。〜山本前奈良国立博物館長の話として「〜平安時代の畿内や紀伊半島との交流で、阿弥陀、観音信仰を中心とした高い文化が高知県東部に栄えたことを証明する仏像群〜」
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今は亡き関根幹事長の文に「滅び行く手職のために」(会報第3号、昭和35年12月)がある。読み返して,懐かしく、御紹介するものである。伝統工芸という言葉がある。古くから日本に技法が伝えられている染織・陶磁・金工・木工・竹工などを統称している言葉であるが、いわば、近世の大名たちの経済力によって保護され,独占されて来た工芸である。〜これに対し,民芸という言葉がある。古くから民間に伝わる工芸ということであるが、〜それが庶民のものでないことは明らかである。〜ところが、〜伝統的な手職にたいしては〜東京周辺に残る手職のうちめぼしいものをあげると、正月の「シメカザリ」、「凧」、「絵馬」、「神楽面」、「竹製の煙草入れ」、「酉の市の熊手」、「など、その数は何百となることであろう。更に「今戸焼」、「朝顔市の朝顔」、「ショウガ市のキョウギ」など技術の伝承に属さるものもある〜


男子『職人』人気が急浮上  「職人になりたい」−。ランドセルに使う人工皮革のクラレがこの春小学校に入った新一年生に、将来就きたい職業をアンケートしたところ、男の子は昨年23位だった『職人』が三位に急浮上した.<スポーツ選手(一位〕、警察官(2位)。女の子は、1位パン・ケーキ・菓子屋、2位花屋、三位看護士)=平成12年4月8日高知新聞より=


平成元年でしたかの台風で関根幹事長をなくして,10年。手元の会報には、多くの文章がある。平沼さんのご尽力によるこの会報にはかずかずの思いでと多くの示唆がつまっている。ご一緒に、ついさっきまで、旅をしてきたような感じでキーイングしている。


『会報第七号 昭和37年、 天音山 千手院 道成寺 >古寺を訪ねて<(1)関 根 福 司 』 より転載・引用

東和歌山から紀勢線に乗ると、御坊の次に『道成寺』という駅がある。準急も通りすぎる小さな駅である。
能や歌舞伎で知られる道成寺は、南紀一周の旅を思い立ったときから,必ず見学したい場所として心決めていただけに,駅前からひらける田園風景には、いささか期待はずれの感がないでもなかった。しかし、人影もまばらな門前町を通りすぎ、仁王門にいたる六十二段の石段をのぼりつめた時、駅前での印象とはべつに、明るい南紀の太陽光に包まれた中にも,歴史の重みを感じさせたのである。縁起によると、道成寺は白鳳8年、近くの浜で生まれた女児(のち藤原不比等の養女となり、文武天皇に仕え聖武天皇を産む)の念持仏である海中から発見された千手観音をまつり、紀道成によって建立された寺といわれる。

熊野詣の盛んであった中世には、紀伊路の街道筋として寺門隆盛を極め、ひと頃は180町余の荘園と大小16の僧坊を数えたといわれる。そのためか、本堂に所狭しとばかり並べ立てられた数々の仏像には、木造毘沙門天立像〜〜さがに紀州の博物館と言われるだけあって素晴らしいものばかりである。〜様式的には鎌倉時代の手法をのこしながらも室町時代〜江戸時代〜さまざまの彫刻がはめこまれ、はなやかさをそえている。しかし、道成寺を有名にしたのは、紀州の博物館としてよりは、安珍清姫の恋物語であり、娘道成寺の舞台においてである。〜〜境内には安珍塚、鐘楼跡などのほか、変わったものでは、邦楽界の名士による「ばち塚」〜〜三重塔の隣には、安珍と焼けた鐘を埋めたという跡があり、二本の「むろの木」の古木がそそりたちわずかに清姫の執念を現世に止めている。広い寺域を一周し、夕暮迫る日高川の流れを見渡しながら、文明13年(1481)再建の仁王門を出る頃には、紀勢線の駅に降り立った時とは正反対に、満たされた気分になっていた。〜〜

(メモ)所在地 天台宗 千手観音は藤原時代 参観料一人50円)〔昭和37年の関根先輩のメモなり、同先輩は東京の「江戸博物館」を立ち上げたリーダーであった。稲門博物館学芸員の会は設立当初より、現在の能舞台の標準となった江戸城の能舞台の模型がある、演劇博物館にその事務所所在地としてきた。)
 




文化の生産 − 創 造 型 ー
『過去という遺産の利息で生活しようとする人間は古典を有する動物である』これは、たしかゲーテの言葉である。遺産が現代に及ぶところに伝統があるが、われわれの生活の中には過去という伝統型の他に将来という創造型がなければならない。過去のためというのは、その功績を認識することであるし、将来のためというのは、その価値を増大することである。古人の跡を求めず古人の求めた所を求めよ』といった芭蕉の言葉は、過去というものの認識に清新なものを覚えさせてくれる。たしかに作者の精神をさぐって、彼らが求めようとしたところをきわめると、古人の心にも触れることができるし、古人に学ぶ意味も出てくる、既存の文化財を求めると同時に新しい文化価値の創造に努めるという、いわゆる生産人間の創造性を意識しなければならない。丁度春の土を破って萌出る芽が,去年の種,去年の宿根から出るように,一国のかがやかしい文化もその国の伝統によって生育するが、更に新しい創造によって繁栄することを忘れてはならない。国家の伝統が国民の誇りといわれるのは、過去を死史としないで、活史とするところにある。古文化が空虚な物語丈となったり、再生のできない歴史であっては、伝統は、何の意義もないし人類の発展もないことになる。
われわれは古都に文化財を尋ねることに馴れてはるが、静かに過去の文化的歩みを顧みて,これらが何を教え何を物語るかを考察し、新しい文化の創造に注意を喚起しなければ、ただ古い文化の守り人に過ぎない味気ないものとなってしまう。人間は文化の道具ではない。文化は人間のためにあるのだから、過去によって作られながらも、なおこれを乗り越えて、自ら将来の文化を作り、之に(共に 、なのかもー)生きることを弁えなければならないと思う。
創造は、一つの自覚作用によるものであるし、自己を知ることなしには創造はありえない。文化の遺産は、元利の合計の累積によって蓄え築かれなけらばならない。〜

  ー 前掲パンフ会報第十号より、会長さんの巻頭言 − (ゴシックは今回の付け加え)
 
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新刊本 2001 花鳥風月の日本史 高橋千釼破著 黙出版 2,800円

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