三國志とは?

三国志は中国の2〜3世紀の動乱の時代を描いた歴史書です。三国とはこの動乱の時代を勝ち残った魏・呉・蜀の三つの国のことであり、この三つ巴の争いがあった時期を中国史的に三国時代といいます。すなわち三国志=三国時代ではなく、三国志は三国時代とその前後の動乱の時代も多少含めた歴史なのです。ところでこの三国志、曹操、劉備、孫権など数々の魅力的な人物が登場するため、今にいたっても根強い人気を誇っています。ところで三国志には大きく分けて二つの書物が存在します。それが『正史』と『演義』なのですが、多少三国志をご存知の方なら正史は史実、演義は虚構ということはお分かりだと思います。確かにそのような見方ができるのですが、正史とて完璧ではないですし、演義でも立派な歴史的価値のあるものです。重要なのは制作された背景が違うのであり、両方とも立派な「歴史」なのです。



歴史家達の三國志−三國志(正史)

三国の蜀の国には陳寿という人物がいました。蜀の国は魏の国に滅ぼされ、魏の国は晉の国にのっとられ、晉の国は呉の国を滅ぼして三国時代は終わるのですが、蜀出身で晉に仕えたこの陳寿はこの三国時代とその前後の時代の歴史書を集大成しようと思い付きました。陳寿はさまざまな資料を調べ史実を正しく記そうと思いましたが、魏を乗っ取った晉王朝への遠慮もあって多少史実を伏せて簡潔な内容に仕上げました。それでも真実を吟味して力強く描いたため、私撰の書でありながら賞賛されたといいます。これが陳寿の『三國志』です。

しかしこの簡潔すぎる『三國志』は歴史的、人物的背景をつかむには少々物足りなかったようです。そこで後年になってこの『三國志』に注釈をつけようとする人が現れました。名を裴松之といいます。この裴松之も見識を持った歴史家で字の意味、信憑性にとらわれないさまざまな資料の引用、そしてその資料を書いた人物や陳寿の評価に対する意見、そして自分の三國志に対する考察などさまざまな注釈を加えていきます。こうして陳寿の歴史書に裴松之の注釈を加えて完成したのが今でも存在する『三國志(正史)』なのです。



民衆達の三國志−三国志平話、三國志演義

こうして歴史家の間で三國志が制作される一方、民衆の間でも独自に三国時代やその前後に関するさまざまな言い伝えが広まりました。そして長い年月を経て出来上がったのが『新全相三国志平話』というものです。これは歴史家達の間で制作された『三國志』とはまったく別の流れで作られたものであり、その内容にもかなり違いが見られます。当然ながら信憑性は歴史家達の『三國志』のほうが上ですが、読み物としてならこの『新全相三国志平話』は非常に優れたものでした。そして、さらに後の時代にはこの『新全相三国志平話』をアレンジした『三国演義』という物語が羅貫中という人によって作られます。これがいわゆる『演義』『三国志演義』といわれるもので、現代で一般的に三国志、といえばこの『三国演義』のことを指します。


その信憑性やいかに?

「ぶっちゃけた話、正史や演義って歴史史料としてどれぐらい信用できるよ?」という疑問があろうかと思います。もちろん人によって考え方があるでしょうが、私の偏見では正史の信憑性は90%ほどではないかと思います(と言ってもこれは裴松之の注を完全に省いた純粋な陳寿の「三国志」についてです)。陳寿は自ら尊敬する諸葛亮についても冷静、公平な評価を下している事をはじめとして私的偏見を極力省くよう努力した、と考えていいと思います。もちろん晋の司馬氏を悪く書くようなことは出来ませんでしたが、それはあくまで司馬氏の悪事について省略した、ということであって史実をねじ曲げたわけではありません。また、陳寿は三国志の「作者」と言うよりもむしろ「撰者」ですから、陳寿自身が当時の歴史史料を吟味して取捨選択を行った、ということでやはり信憑性が高いと思われます。所々裴松之が「これは違うんじゃないか」というコメントを残していますが、「三国志」の陳寿の部分に関してはおおむね信用していいものと思われます。史料としては記述が少なすぎますけどね(笑)
続いて裴松之の注ですが、これに関しては裴松之自身がこの話は信用できる、できないと言っていたりするので、まずはそれに従う必要があるでしょう。むしろ問題なのはそれ以外ですね。裴松之が引用しつつもコメントを残さなかったもの、これが曲者なのですが私は何か裴松之が「とりあえず他にもこんな史料があってそれによるとこんなことを言っているんだ。とりあえず羅列しといたから虚実の判断は君らに任せるよ。」と言っているような気がしてなりません(笑)特にいかにも逸話風の笑い話とかそんなものは史料として信用していいのか本当に難しい判断を要するところです。これは次の演義の信憑性についても関わってくるので・・・

で、その演義に関してなんですが、最近の演義に関する評価は非常に悪いですね。演義派の方は肩身の狭い思いをしていらっしゃるのではないでしょうか。演義に関して誤解してほしくないのは「演義は架空の話ではなく、誇張である。」ということなんです。演義というのは羅貫中一人で作り上げたものではなく、民衆やら講談師やらの言い伝えがどんどん膨らんでいって最終的に羅貫中が演義として集大成させたのです。当然伝言ゲームのように時代が経つにつれ真実味が薄れていくのも事実、正直申しまして演義の史料的信憑性など5%程度だと思います。ただ、私が言いたいのは「それでも5%の信憑性がある。それを決して忘れてはならない。」ということです。上で正史の信憑性は90%と書きましたが、逆に言えば正史だけでは決して100%になり得ない、辿り着けない、ということになります。正史の90%で足りない部分は演義なり、その他の著書なりを史料として使ってもいいのではないか、ということです。信憑性が薄いから史料として却下、というのはよろしくないと思います。もちろん信憑性が0%というのならそれはもちろん却下ですけど。

三國志とは?歴史三国志館総合交流所