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【17】


PHOTO byどら




五ツ髪を討ち取った後、あの逸の印を越えて、どのようにして氷と水の居城から帰還したのか


討伐に行った者達は殆ど記憶していない。


そしてその帰還した日から丸二日間ほど、家の中で言葉を発した者は誰も居なかった。


…あのイツ花でさえも。


日が明けて、三日目。


「なぁ。…兄貴って」


その沈黙を破ったのは、一族の中でも一番歳が幼い、零の弟の雅であった。


最後の討伐を終え、人生残りの方が短くなっていた母親の雀の顔は見ず、肩の辺りを見ながら彼はぼそ、と呟く様に言った。


「兄貴って…。あんな顔して、泣くんやね」


当の言われた本人は、彼が背中を向けていた部屋の中で、玻耳目の死に顔を見守っていた。




■■■■■■■::なぎら
玻耳目の娘、柳楽は父の最期を聞いても、その姿を目の中に入れても、何故か表情ひとつ変えなかった。


何も言わずに、ただ真直ぐに姿勢を正し、もう動かぬ父の姿を見ていた。


寧ろ変えない様に、人前で壊れてしまった自分を見せぬ様に堪えていたのか。


年端も行かぬ僅か生後2ヶ月の少女が。




「…柳楽さま」


イツ花が、その後縁側に移動した彼女に何か言おうとした。


しかし、名前を呼ぶ以外、何の気の利いた言葉も見つからなかった。


仕方が無いので、イツ花はじっと縁側に座り続けていた柳楽に前掛けを持って行ってやった。


今の彼女には、そうする事しか。


春はもう訪れた筈なのにその肩に吹く暖風は、心を見せぬ娘には温度を与えてはくれなかった。


「…お風邪召されませぬ程に。」


イツ花がそうとだけ告げて、半分背中を向けようとした時だった。


「うち…父さまと、くんれんの時…約束したん」


柳楽の背中が、語り出した。


イツ花は、立ち止まった。


誰に話そうとしているのか、独り言なのかは分からなかったが、取り敢えず向きを直した。


「ひとが、…生まれた時は、であい。…しぬ時は、おわかれ。であいはうれしい。おわかれは、かなしい。」


柳楽は呪文の様に呟いていた。


「うちより、前にいたいえのひとは…みんな先におわかれ。かなしいけど、父さまは、父さまがいなくなった時だけは


かなしんじゃいけない、とゆった。父さまとおわかれしてかなしくなっても、泣かないってやくそくした。」


その手の中には、父の笛。


「玻耳目さまは…柳楽さまにそのようにおっしゃったのですね…」


それが耳に入ったのか、頭で一遍だけ静かに頷いた。


「…泣きたいですか?」


もう一度背中が頷いた。


「うん、でも、…うれしい時しか、もう、うちは泣かない。やくそくやし」


父との約束。悲しくなっても、泣いてはいけない。


しかし、泣きたいけれど悲しい時は泣いてはいけない。約束だから。


つまり。

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
悲しいから、泣いてはいけない。


「柳楽さま」


何を思ったのか、イツ花は一瞬上を向いた後、何故か天地が一転したかの様ににっこりと微笑んだ。


先程までの曇天顔は何処へ行ったのか。


「柳楽さま。……お強くなられましたね。玻耳目様もきっとお悦びになっていると思います」


その時、イツ花のその言葉を聞いた柳楽は一瞬目を見開きこちらを見た。


何故かその口は半開きになっていた。


イツ花は、彼女に言葉を挟ませずに続けた。


「…嬉しい時は、お泣きになって下さい。」





それを聞いた瞬間、柳楽の瞳からドンブリをひっくり返したような大粒の涙が溢れ出した。


理由は、その時だけは聞いてはいけなかった。今はそんな事、どうでもいい。


ただ柳楽は、ずっと前から泣きたかった。


イツ花は、彼女の為に"泣き場所"を作った。




その時部屋の中で、初めて子供らしい嗚咽が響き渡った。


その後、壊し屋として最も難解な奥義まで創作した柳楽の生涯が、心なしか他の娘達よりも短かったのは


この父親の最期の場に面した折に思い切り泣き過ぎてしまった為ではないか、と後の子孫は噂した。





最奥の間で、もの言わぬ玻耳目の躰は静かに横たわっていた。

■■かたわ
その傍らで、黒の喪装束を身に纏った零がその姿をじっ、と見ていた。


表情を例えて言うならば、何里も先に飛んでいる鶴を見つけたような。


この数日間、心の中でどんな言葉をどれだけ玻耳目に告げたのか。周りの者どころか彼さえも分からなかった。




「……入るよ。」


その時、背後の几帳の横から人影がさした。

なみ
南海だった。


そう言うと零の隣に座ってみた。


そして視線は合わせぬまま、玻耳目の方に顔を向けて一方的に話し出した。


「あ。アンタ…玻耳目ちゃんに"死に化粧"してあげたんだ。やっぱ、綺麗だね。さすが…」


同業者の異性の女までも思わずそれを褒めてしまう程だった。


「……でも」


それが耳に入ったのか、零の呟く様な、虚ろな返事が返って来た。


「でも、さ。……このアタシが今までで一番時間かけて、都で一番イイ白粉いっぱい使ったのに」


それを聞いた南海の目線が一瞬ちら、と横を向いた。


「でも…?何よ」


「……でも、あんなにお化粧に興味持っててくれてたのに、綺麗に化粧してあげたのに…笑ってくれない」


誰が。


南海の目線は動かぬままだった。


「…そりゃあそうじゃないの。…でないと"死に化粧"なんて、言わないでしょ。


…アンタ、まだ信じられないかもしれないけど、玻耳目ちゃん…相変わらずカワイイ顔してるけど…死んでるんだよ、それで」


討伐から戻った日から、零の反応は何を見ても聞いても、鈍いものになっていた。


しかしそれは外見からのもので、その内なるものには言葉に例えられぬ大きな波の様なものが


絶えず彼の中で鳴動していた。


南海はそんな彼に気がついて居るのか居ないのか。


「アタシ達ってさ、寿命って短いじゃない。…だから多分普通のヒトの何十分の一位だから…死に別れの時って、アタシ実は


こないだまでそういう時の悲しさとかも何十分の一になるのかな、とか思ってたんだけど…実際全然違うモンだよね。


あ…ねえ、零。アンタはずっとココに居たから多分、聞いて無いと思うんだけど」


南海が、再び視線を前にして話し始めた。


「玻耳目ちゃんさ。この家の…氏神さまになるんだって。…さっき、決まったんだ」


今の零には、何を耳に入れても激しく動じる事は無かった。あくまで外見は。


氏神になった事云々というよりは、これで玻耳目が自分の傍から本当にいなくなってしまいそうな気がして、


その身に恐ろしい程の虚脱感を感じていた。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■まも
「誰も反対しなかった。…だって玻耳目ちゃん、カラダ張ってこの家護ってくれたんだもん。当然だよね。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■だび
…だから、…遅くっても今晩中には荼毘に付さないといけないみたい。タマシイが身から離れないうちに昇天させるんだって」


皮肉なことに、氏神を昇天させる儀式は火葬する時とほぼ同時に執り行わなければならなかった。



何故かその手順の始終は、この一族が存在したその時から既に決められていた。


南海は言いたい事はもう全て零に言ってしまったのか、その場から立ち上がった。



「…だから、さ」


違う、言い残していた。


しかし彼女の足の先はもう几帳の外。


廊下に出ようとしていたそんな体が、今日初めて零の方をまともに向いた。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■そら
「零。…玻耳目ちゃんのタマシイはアンタが天に送ってやってよ。今日の晩、イツ花が天界に向けて


風光を起こしてくれるらしいから」


その言葉の次の瞬間、それまで何となしに虚ろだった零の目に急に神経が通った様だった。


慌てて自分も南海に続いて立ち上がろうとした。


「ま、待って!そんな事俺には」


一人称がころころ変わる扱い難そうなこの男に、南海は慣れた様に横目であしらった。


「……当主の言う事が聞けないっての?」


そうだった。


今、この家の当主は、南海だった。


「違う。ただ、…そういう役目は、通常なら当主の…」


「そんなん誰が決めたの。それまでがそうだっただけじゃないのよ。零、アンタが知ってても知らなくても別にイイと思うけど、


玻耳目ちゃんはアンタの事が好きだったの。アンタの青い髪、とっても大事にしてたの。


っていうか、アンタが一番知ってる筈でしょ、それは。


だからあの世で一人で淋しくならない様に、せめてこの家に居る間までは一緒に居てあげてよ。


…アタシ『ナントカしてアゲル』って言い方…あんまし好きじゃ無いんだけどね。…頼むわ」


そう最後に言い残すと、南海はその部屋を出て行った。



彼女は、ただの口調が直球なだけの女ではなかった。


自分が当主として向かった討伐で、あろう事か仲間を死なせてしまった。


―自分が身代わりになれれば良かったのに。


その事への罪悪感と、こんな時期だからこそ当主として気丈であろうとしていたその気持ちだけが、


今の彼女を淡々とした口調にさせていた。



1039年4月。


その日の晩から朝方未明にかけて、吉川玻耳目は荼毘に付された。


それと同時に、その御魂が氏神として天界に掲げられた。


イツ花の舞によって、清められて。


掲げられたその氏神は、その日の晩が丁度望月の頃であったという由来もあり「月影ノ吉川」という御名を与えられた。



零はその時、一族の中では最もそのイツ花の清めている、天界へと伸びる光の中に居た。


良く見ると、それまで腰か股下まであったような蒼碧の美しい彼の髪の毛が、何故かその時


半分の長さにまで切り落とされていた。


残り半分は、若しかしてみっつにでも編んで玻耳目の懐にでも入れてやったのか、それとも棺桶にでも引っ掛けてみたのか、


はたまた、天界へと伸びる風光の中で風と一緒に飛ばされて行ったのか。


玻耳目が淋しがらぬように、その零の蒼碧の髪が共に天上の世界に密かに奉納されたのは事実であるが、


その過程は、彼以外誰も知らない。




月かげに わが身をかふるものならば


つれなき人も あはれとやみむ/古今







∈終劇∋