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【29】

素材提供:「GALLERY DORA」様


その12


午後の短くなっていた陽の長さも、漸く冬の折り返しにかかろうとしていた。


「…あれ」


自分の家への帰り際に、飛鷹は向かって来る方から歩いて来る亜蓮を見かけた。


普段であれば、彼女の方から気が付いて笑いながら駈け寄って来るのだが、


何故かこの日の亜蓮は俯いていて、彼に全く気付きもしていなかった。


その表情も、何だか曇っていた。


(…何やアイツ)


そのまま彼女は、下を向いたまま彼の方に近付いて来た。


そして気付かぬまま、その横をすり抜けようとした。


「おい!」


「え。」


呼ばれて、亜蓮は初めて気が付いた様子だった。


「…あ、あぁ、アンタこんなトコでナニして…」


彼女の台詞は、彼のそれだった。


「どした、…お前」


「…どした、て…」


目線をそっちに向けられず、彼女はずっと斜め下を向いていた。


「変やぞ。何か」


いつもと違う様子に彼は気付いていた。


「え…ナニが?…ふふ。今も昔も何でもあらへんよ、ウチは。」


彼女は笑って見せたが、やはりいつものそれとは異なっている気がした。


「何でもあらへん、てそれ…嘘やろお前」


本能で飛鷹は亜蓮の肩を掴んでいた。


「え?…別に何もない、って。ホラ、放し。…うち、先に帰ってる。ほな、ね」


そうとだけ言うと、彼女は肩に置かれていた彼の手をそっ、と離して背を向けて行って仕舞った。


最後まで、目線をまともに合わせる事も無かった。




(ナニ…何やアイツ。ナニ隠してん)


独り取り残された飛鷹は、数刻の間横向きに立ったままその後姿を疑問交じりで見送り、


暫くの間そのまま呆然として居た。


「…オナゴはよう分からん…」


そう呟くと一遍首を傾げ、家路を急いだ彼女とは逆の方向へ歩いて行った。


素材提供:「GALLERY DORA」様

二月の京都では、今日辺り最後の雪の一降りが来そうだった。


「あっ、亜蓮様!お帰りなさいませ!」


家に戻って来た彼女を出迎えるイツ花は相変わらず元気相応だった。


「…あ、うん…ただいま…。」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■しお
しかし、対する亜蓮の返事はいつもとは比べものにならぬ程萎れていた。


そんな姿にイツ花が気が付かない筈が無かった。


「…どうされたのですか亜蓮様。何だか、その…お元気が」


「えっ、…うち?別に、何にも?」


そう言って一遍微笑し、自分の部屋に戻ろうとした彼女の後姿をイツ花は再び呼び止めた。


「亜蓮様」


「えっ、ナニ?イツ花ちゃん」


イツ花の外箒を持つ手が心なしか若干下がった。


「何か、隠しておられませんか。…どうかされましたか。イツ花は…亜蓮様がお生まれになった時から


お世話させて頂いております。今の、そんな曇ったお顔をされた亜蓮様はこれ迄に見た事が御座いません。一体」


後ろ姿が、彼女の方に振り向いた。


「…うちは何にも隠してへんよ。っていうかうち、今日知った。…皆が隠しとってんな。…イツ花ちゃんも」


イツ花が言い終わる前に亜蓮が言葉を挟んだ。


表情は怒りではなかった。寧ろ哀しそうに静かに笑っていた。


そんな彼女の顔を見た時、イツ花の表情が一瞬凍った。


「…亜蓮さま」


「ねぇ、イツ花ちゃん。うちが今日知った事が若しほんまやったら…、あぎらはんもホクトはんも


何でうちと飛鷹に隠しとったんやろ、あんな大事な事。イツ花ちゃんも、何で」


イツ花は、最初そんな彼女の呟きを聞くだけで返事が出来なかった。


「多分…元々神さんは、うちの家で『最後に生き残った一人』の呪いを二つとも解いて下さる御主旨やってん。


そやけど、…多分、あぎらはんとホクトはんが話し付けて頼み込んで、神さんが解いて下さる、ていう呪いを


『合わせて、二つ』にして貰うてん。よう分からんけど…。違うん?イツ花ちゃん」


そう言った後、亜蓮はイツ花の方に静かに目線をやった。


「……。」


イツ花はまだ、彼女に向けて言葉を発する事が出来なかった。


というか、直ぐに何と言って良いのか分からなかったというか。


「亜蓮様…。そのお話、…一体どちらで」


話し掛けられた亜蓮の方は頭の中は真っ白だったが、兎に角真実だけを知りたかった。


「ねぇ、イツ花ちゃん。これって…うちのこの話って…合うてるんかな」


「……。」


長い間隠し事をされていた亜蓮だったが、矢張り誰に対しても気の優しい娘だった。


「イツ花ちゃん、返事…合うてるって返事出来へんのやったら違うてる時でええよ。ね?」


イツ花は、一旦伏目がちになってしまった顔を上げられなくなった。


「申し訳御座いません。…先逝された御二方には口止めされておりました。…何と申し上げれば良いか」


亜蓮は、そう聞いた後自分も、今迄張り詰めていた何かが抜けて俯いてしまった。


イツ花は、漸く重い口を開いた。


「申し上げます。元々は、太照天昼子様…かのお方は、若し二つの呪いをかけられた亜蓮様御一族が朱点との戦を


終わらせになられ、御一族の悲願を達成された暁には恐らくかのお方も、封印されて居た力を


再び使えるようになれるやも、という事で、それならば御一族の初代様にかけられた二つの呪いを


御一族で最後に生存されたお方に解いて、呪いの無い御姿に戻す事もお出来になられるかも知れぬ、と


言う事だったのです。」


亜蓮は、先程から淡々と話し始めたイツ花の言葉を静かに聞いて居た。


…まともに聞けていたのかどうかは定かでは無かったが。


先程の敦賀ノ真名姫の言っていた事は、嘘ではなかった。


「それが…違うたんやね…。」


そして、そう呟いた。


イツ花は一瞬伏せていた目線を上げて亜蓮に向けて返事かどうか分からぬ瞬きを一遍した。


そうして再び話し続けた。


「それを…あぎら様とホクト様が、昼子様がそう御決断をされる前に戦が終わった後の事について


疑問に感じられまして、私の方に『昼子様に聞いて来る様に』、とおっしゃられたのです。


私が聞いて来た最初のその旨を御二方に伝えますと、御二方は『神様だったら二つの呪いを


二人に分けて解放する事も出来るだろう』と言われたのです。亜蓮様と飛鷹様の呪いを


…ひとつずつ解放する事を望まれたのです…自分達はあの世でどんな仕置きも受けるから、と」


イツ花が再び目線を上げると、亜蓮の大き目の瞳からは今にも何かが溢れ出しそうだった。


「イツ花ちゃん…それで…?」


イツ花は、前方に見える窓から広がっている外の風景を見た。


先程から急に、なごり雪がちらつき始めた様子であった。


「昼子様は…。その御二方のお望みを受け入れて下さいました。亜蓮様方の動揺を避ける為に、


朱点との戦を終えられた折では天界から『どちらかひとつの呪いを解く』と、仰せられました。


そして元より存じていらっしゃったあぎら様とホクト様は、最初からの御意志で


解放の儀を執り行う事も無く先逝されてゆかれました。ですので、亜蓮様は…」


『解放の儀を』と、イツ花が続けようとした。


しかし、亜蓮は静かに笑ってイツ花にこう言った。


「イツ花ちゃん、うちは…。それね、して貰わんでええよ」


「えッ、亜蓮様!?…どうして」


驚いて目を見開いて来た彼女に、再びこう続けた。


「うちね…、今まで戦出るたんびに飛鷹に庇って貰うて、怪我させて仕舞てん。アイツの身体ね…、


うちの所為で傷だらけやの。でもねアイツ、いっつも優しうして呉れたもんやから、うち、つい


甘えて仕舞うて。今迄ナニもお礼に出来へんかった。…結局は神さんがしてくれはる事やけど、


うちが『解放の儀』とかせんやったら、…多分飛鷹はこれから長生きも出来るし、子供も出来る。


せやから、イツ花ちゃん、…お願い。…うちの代わりに」


そこまで言った後、亜蓮はその意志が無いのにも関わらず、瞳から涙をこぼし始めた。


「…亜蓮さま」


「…あれ…?ナニこれ。あは…何でやろ。イツ花ちゃん…うち、泣こうなんて思うてないのに。何で?止まらへん…」


その場に力が抜けて座り込んで仕舞い、亜蓮は顔を突っ伏して泣き始めた。




イツ花は黙ったまま、静かに腰を下ろして彼女の傍に暫く寄り添ってやった。


最後まで、亜蓮は知らずに居れば良かったのかもしれない。


しかし、彼女は実際、事実を知る事を求めていたのかもしれない。


…自分の小さな望み以上に、想う相手の『人としての倖せ』を願っていたのかもしれない。


今のイツ花にはかける言葉が見付からず、ただこうして彼女の傍に居てやる事以外考えられなかった。


外は、すっかり吹雪いており、この冬最後の雪景色を作ってしまっていた。







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