白骨城討伐


「お願いがあります 当主っ!  …当主? …  当主?」不安気にたずねる妹の声。 
「あ、 ああ 私か、、」ようやく自分のことと気付いて 無愛想に言葉を返す。
無理もない、剣の手入れに夢中だったのも、もちろんだが、
妹が当主と呼ぶのは つい十日ほど前までは彼女の父のことであったのだから。
それまではずっと姉と呼ばれていた。「火麟おねえちゃん」と、、、。
この家にありながら いまだあどけなさの抜けない 妹 扇四。


姉妹は全く違う性格だった。 無愛想で負けず嫌いで乱暴な姉と
いつもにこやかで とても優しく でも悲しいことがあるとすぐに泣いてしまう妹。
火麟が言葉少なき故に誤解をうけそうなときはすぐに扇四が弁護にたったし、
扇四がいじめられているときは いつも火麟が助けた、、いや、倍にして返していた。
そして やりすぎる姉を止めるのは妹の仕事であった。

戦からの帰還。いまだ戦場を知らず、帰還とはそのまま凱旋と思っていた扇四は 
いつも通り笑顔で一族を迎え、、  迎えようとして そして 信じられないものを見た。
もはや 生きているのが不思議なくらいに滅茶苦茶にされた父の姿。
すがるような瞳を向ける妹。 しかし 父の体を追いすがる餓鬼どもから守るのに、
城中に響き渡る捨丸の嘲笑を背に逃げ出すのに精一杯で、
泣いて悲しむ時期さえ逸してしまっていた火麟はただ呆然とその瞳を見つめ返すだけだった。

父を守れなかった刀をぶらりと下げて 漠然と妹に告げるべき言葉を探す。
何か言わないといけない。妹の泣き顔は見たくなかったから。
泣きそうなときはいつも言葉を探した、「お前は私まで悲しくするのか?」
そんな横暴に聞こえる言葉でも、自分が言えば妹は一生懸命笑顔を作ろうとしてくれる。
そうして、ちゃんと笑えたら 泣き出さなかったら、 ご褒美に一緒の布団で寝て欲しいとねだるのだ。
だから言葉を探した。なんでもいい。自分の紡ぐ言葉で妹は何度も微笑んでくれた、
だから、思いついた言葉をそのまま口にすればいい、だから、、、
結局 火麟は間に合わず、扇四は姉の分まで泣き叫ぶ。
慟哭し奇声をあげ、数日ふさぎこんで 出てきたときから 彼女は姉を当主と呼んだ。
火麟おねえちゃんという言葉も父とともに死に 妹の口から紡ぎだされることはなくなった。


「捨丸の討伐 いいえ、父上の敵討ち。 是非 この扇四も戦列にお加えくださいっ!」
無愛想を通り越して火麟は露骨にイヤな顔をした。
自分を当主と呼ぶようになった扇四は言葉遣いまで変わってしまったのだ。
前はもっと舌足らずで無防備な話し方をしていたのに…他の一族の前では少し違っていたが、
少なくとも自分の前ではそうだった。
話し方だけでも、その突然の変化が嫌なのに、訴えかける内容はもっと気にくわない。
自分と一緒に戦場に出て欲しくはないのだ。
父の死は乗り越えられた。遠くない先に訪れることだと、そういうものなのだと教えられてきたから。
それに、取り乱した妹の声とは呼べないような声を聞いたとき 火麟は気付いてしまった。
父の死よりも扇四の悲しみにくれる姿の方が自分には辛いのだと。
可愛がってくれた。優しかった。でも、戦々で、戦場を共にする長と部下という立場になるまで
一緒にいられる時間などほとんどなかった父。
扇四はずっと自分と一緒だった。誰よりも、きっと父よりも自分をわかってくれた。
透きとおるような髪、肌、歌うような声、なによりみんなから愛される豊かな表情。
自分にないもの 自分の欲しいもの なにもかもをみんな持っている妹。
嫉妬は感じない、それらは全て妹が持つからこそ輝くから、そして、自分はその輝きが一番大事。
いつしか火麟はそのかけがえのない宝を守るために鬼を討つようになっていた。
妹が戦場に出てしまっては意味がない。
それに当主となってから毎晩のように夢を見るのだ。
あの救いのない鬼たちに最愛の妹が千々に引き裂かれる夢を…。
イツ花は言った「当主を継ぐというのは 一族の…、故人を含め呪いをその身に受けた血の連なる方
全ての想いをも引き継ぐということ…。ですから、誰よりも一族を大切に感じ それが故に
その喪失を強く怖れるのです。」と。
喪いたくない 喪いたくないッ!!!
「お前は戦には… 向かない、、。」しぼり出すように 言う。
口にした火麟自身真っ先に暴きたくなるような それは虚言。
なにより幼き日、イツ花に連れられてきたばかりの妹に「弓が似合う」と
その才能を誰より早く見抜いたのは父ではなかったのだから。
扇四はとても悲しそうな顔をする。自分の力を否定されたからではない。
姉が初めて自分に嘘をついたから、、、
そして、自分はこれから姉が喜ぶはずもないような事をしようとしている、、。
ただ はるか先、庭の隅に咲いた一輪の朝顔だけ見据え振り向かず、
「当主ッ!!」一声で 火麟と一族の注目を集めると
訓練用ではなく、叔父の実戦用の強弓を生まれて初めて引きしぼる…
目を伏せる火麟。見るまでもない、自分が一番わかっているのだから、、

白骨城討伐隊に扇四を加えること、異議となえる者など居はしなかった。



於 白骨城最上階

「忘れちまったんだよぉ 生きてるって感じをよぉ
痛みに悶え苦しんで見せてくれよぉ。死んだ瞬間すら思いだせねぇんだ。」
かつては朱点を討つという大義のもとに鬼と戦った兵たち。
志し果たせず地に倒れ、肉を狗に食われ骨となったまま打ち捨てられても、
土に還ることなく、意識手放すことも許されなかった。
無限に続く痛み、飢え、乾き、悲しみ、屈辱。その意味さえわからなくなるまで与え続けたら
どうなるのだろう?朱点のそんな思いつきによって人から作られた骨の化け物。大江ノ捨丸。

捨丸の使う常夜見の術は 代々受け継がれてきた 
術で防御を固めて後、攻めるという一族の戦法をほぼ無効にした。
術強化のなされないままの防具で攻撃の構えをとった父は
一撃でその身を引き裂かれたのだ。

再戦での一族の方針は決まっていた。
相手が強打の構えをとったら、当主である火麟は守りに徹する。
それでなんとかなるはずだった。

戦闘開始より まる二刻。
予想以上の苦戦に 火麟は思わず舌打ちする。
当初は扇四の弓が先手先手に入って 捨丸を追い込んだが、
気付くとこちらが後手に回っている。常夜見の術だ。
髑髏の瞳孔より放たれる白い光。視界が焼け、幻を見せられ、
ときに火麟にまで刃を向けようとする一族を正気に戻すので手一杯。
あと少しとわかっていても、攻勢に転じることができない。
「捨丸 構えっ 当主!!」
ガッ!!!  警告に応じて刀で受け止める。
「くっ」 重いっ こんなにも重いのかっ! 腕の感覚すらほとんど残っていない。
「骨矢!来ますっ」 わかってる 言われなくてもわかってるよッ。
癇癪を起こしそうになるのをぐっとこらえて 飛び道具の来る先を見つめる。捨丸と目が合う。

「! しまった」「いいもん見せてやるよぉおぅ」一瞬の閃光。
正気を保つのが限界だった。
呻りをあげて飛来する骨片は、二重にも三重にもかすんで見える。
避けれない。受け止め切るのも不可能だろう、、。
父が最期に伝えたこと、捨丸の骨は一度でも体内に残すと身を腐らすと、
だからこの討伐も敗戦に終わる…あと少しだったのに。
悔しさに血の滲むほど唇を噛みしめて、来るべき衝撃に覚悟して構える。
いや すでに構えなど無意味であったかもしれないが…。

けれど 衝撃は来ない、来なかった!
代わりに 「当主!!!」絶叫と同時に
空耳と信じたければそう思えるほどに小さすぎる悲鳴が耳に残った。
扇四ッ! 声すらあげられず、妹の体を抱きとめる。
腹部に食い込んだ捨丸の一部は、それ自身意志を持つかのように
妹の血をすすり灰白色からどんどん朱に染まっていく。
「やめろぉ!」慌てて それらを引き抜いては投げ捨てる。
舟底に開いた穴のように、そこから今度は止めどなく深紅が流れだす。
「あっ あ あ あ あああぁああぁぁ」どうしたらいい? どうしたらいいんだ?
姉のその悲鳴をこそ痛そうに顔を少しだけしかめた扇四は、
すぐにこの状況に不似合いなくらい穏やかな顔になって、 告げる。
「しっかりして下さい当主。父の想いが教えてくれました。
捨丸の骨が一度でも身体に残ってしまったら、もうダメだって。当主もご存じでしょうに、、、。」
「…違 う。 そんなこと ない」
「また、私に嘘をつかれるのですか?」今度は泣きそうな顔。
火麟はまた、何も言えなくなってしまう。妹のこんな顔見たくないのに、、
時間が無い 何か 何か言ってあげないとッ。
一方で懸命に出血を止めようともする、でも流れ出る深紅はどんどん黒く汚く変わっていって、
父の 妹の言葉をひたすらに裏付ける。
「私 当主に誉めていただきたくて、、戦で当主のお役に立って、、、」
当主 当主 当主 当主 … やめてくれッ そのしゃべり方もッ
もとの もとのように お姉ちゃんと呼んでもらうには 何て言えばいい?誉めればいいのか?
自分が倒れるとき、妹に伝えようと思っていたことはたくさんあった。
お前のその綺麗な髪が好きだ。弓を引くときの姿勢が好きだ。声が、瞳が、
なにより 笑顔が一番好きだ。どれから伝えよう なにから言おう?
傷は見る見る変色して もう何も流れ出さず、
代わりにその大きな瞳が閉じようとするとき、押し出されるように一筋の涙が頬をつたった。

また、 火麟は間に合わなかったのだ。
「お役 に立てず 、ざ ねん で  す  …………  」
その先に 姉と呼ぶのでは? 呼んでくれるのではないか?
同じ血に連なる ある一人でなく、 自分の妹として逝って欲しい。せめてもの願い。
それすらも叶えられない。
亡骸の口に耳を近づけ呆けたように固まっている火麟に
父のときと同じ嘲笑が降りかかる。
「躯は餓鬼にくれてやろう。ケケ… そして骨は我らの一部としよう…
そうすりゃ寂しくねえもんなぁ!」捨丸の顎の骨がカタカタと鳴り響き、
階下から妹の血を、肉を欲して鬼どもが集まってくる。
「当主 扇四殿の死を無駄にされてはっ」 とどめを刺せと
同じくこの討伐に参加している残り二人の一族が武人の術を自分に施す。
ふざけるなっ!妹の死を踏み台にして得るものなど、そんなもの自分にはっ、そんなもの…
かけられた言葉に心は強く反発し、しかし行動は一族のいや、神々の意のままとなる。
刀をとり 捨丸の本体めがけ 走る 走る走る…
「うああああああああっ」


はぁ はぁ はぁ はぁ … 見慣れた部屋の天井。半身を起こす。
また同じ 夢。
イツ花は言った。「一族を大切に感じ それが故に その喪失を強く怖れるのです。」と
それが悪夢の原因なのだろうと。
その喪失?…  ! その−血筋−の喪失を強く怖れる、、、、 そうではないのか?
絶えることをもっとも恐怖し、それゆえに神と交わり子を残す。そして絶やしさえしなければ、、。
先祖の死、自分たちの戦い、ある子孫の勝利。
神と交わり続けることを選んだ、その瞬間からすでに完成されていた物語。
片目を覆うように手をあてる、呟く。「もう もうタクサンだ。イヤだこんな茶番、、」
熱い涙を流すより、身を振るわせる冷たい感情。
短命種絶が朱点の呪いというのなら、 この悪夢は?
この絶えることのない悪夢で生じる心の束縛はまさに神々の…
−−−信じてください−−−
聞こえた。
−−−結末がどうなるかなんて 誰も わからないのですから−−−
鼓膜を振るわす音ではない。 だが、それは確かに声。聞き慣れた。
−−−だから 信じて あきらめないで−−−
初代より一族の全てが聞いているという 唯一の 声。

カタッ

その物音に振り返る。
「火麟おねえちゃん どうしたの? 怖い夢、見たの?」
ふすまを少しずつ開け、気遣わしげな瞳をこちらに向けてくる。
火麟はただ、黙っていた。なんと答えていいか わからずに、 
やがて扇四は はっ と両目を見開くと
「あ! 申し訳ありません当主。 以後気を付けます。」 
沈黙の意味を取り違えたか、慌てて言葉を直す。
「ふっ…」思わず笑いがこぼれる。自分には不似合いな優しい笑顔。今なら言える。
「いいのだ。そんなしゃべり方 お前には似合わない…」言葉を探す必要すらなかった。
ただ思うままに告げる。
「そう 怖い夢を見た。とても怖い、、、  。 だから、一緒に 寝てはくれないだろうか?」
その言葉の前半で泣きそうになり、後半でぱっと明るく微笑む少女。
夢に描かれた物語。それが唯一の道筋ではなかったことを知る。
「わたし おねえちゃんの役に立てるのかなぁ?」
「あぁ すでに立っているとも、、」その頭を優しく撫でる。そして決意を口にする。
「私は神を信じない」
「えっ?」
「でも お前を最後まで信じ続けよう」
未来は自分たちの力で作ってゆけるものなのだ。
一番大事なものの存在を一番近くに感じながら なんとなく
けれど そう火麟は確信できた。


<おわる>

【俺しか知らない俺屍】に戻る